日本大百科全書(ニッポニカ) 「死の舞踏(終末観)」の意味・わかりやすい解説
死の舞踏(終末観)
しのぶとう
danse macabre フランス語
Totentanz ドイツ語
キリスト教世界における中世末期の終末観「死を思え」memento moriの表現形式の一つ。起源については民俗伝承説など種々あるが、フランシスコ修道会の宗教運動の一環としてなされた「死についての説教」と、それに関連して行われた宗教劇から発展したものとされ、14世紀なかばからのペスト大流行を機に種々の形で各地に広まった。1473年にはフィレンツェで画家ピエロ・ディ・コシモ創案の、大鎌(おおかま)を手にした死を中心とする謝肉祭の行列が行われた記録があり、15世紀の東欧では、男女のペアが交互に死と哀悼を演ずる「死の踊り」が演じられたという。造形美術にもこのころから取り入れられ、壁画などに描かれたが、現存するものは少なく、ハンス・ホルバイン(子)の41枚からなる同名木版画集(1538、リヨン刊)が有名。音楽作品ではリストのピアノと管弦楽用の同題曲があり、これはグレゴリオ聖歌『怒りの日』の旋律のパラフレーズで死の恐怖を伝えている。
[寺崎裕則]
『木間瀬精三著『死の舞踏』(中公新書)』