櫟原村(読み)いちいばらむら

日本歴史地名大系 「櫟原村」の解説

櫟原村
いちいばらむら

[現在地名]宇部市大字櫟原

厚東ことう川にその支流大田おおだ川が合流する地の南にある小村。東と南は厚東川を挟んで小野おの、西は如意寺によいじ、北は下ノ小野しものおのの各村と接する。村内ほとんどが小高い山で、川筋に少々の水田がある。萩藩領で舟木宰判に属する。

近世初期までは小野おの(鹿小野)と称される地の一部であったと思われる。寛永一四年(一六三七)の郡夫付立(「注進案」所収)には櫟原二二二石とある。

櫟原村
いちはらむら

[現在地名]平群町大字櫟原

生駒山地東麓、かみしよう村西北に立地。「譜牒余録」所収の慶長六年(一六〇一)の片桐市正知行書立には「市はし村」、慶長郷帳には「一橋村」、元和郷帳には「一原村」と記す。慶長郷帳の村高五五四・二五石。慶長六年に竜田藩(片桐且元)領、寛永一六年(一六三九)郡山藩(郭住、本多勝行)領、延宝七年(一六七九)以降幕府領、享保九年(一七二四)郡山藩(柳沢吉里)領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android