横川城跡(読み)よこがわじようあと

日本歴史地名大系 「横川城跡」の解説

横川城跡
よこがわじようあと

[現在地名]横川町中ノ

なかノの中央部、天降あもり川上流金山きんざん川の南岸にある。標高二七五メートルを最高地点とする南西から北東に延びる起伏に富んだシラス台地の先端を主とした山城で、長尾ながお城ともいう。「三国名勝図会」は承久年間(一二一九―二二)に大隅守護名越氏の被官肥後信基の子信行の長男横川時信の築城とし、時信から九代種氏まで在城したといわれるが(本藩地理拾遺集)、鎌倉期に関しては不詳。室町期、横河院の領主は菱刈氏(応永年中)北原久兼(応永二九年)、豊州家島津氏(文明年中)変遷、文明一八年(一四八六)一〇月豊州家島津忠廉が日向に移されると島津本宗家領となったと思われる。この頃肝付兼固は横川攻めをした北原氏を追ったとして島津忠昌から賞されており(薩隅日州古戦場記)、同一八年には当城が存在していたことが知られるが、これより以前、菱刈氏が当地を領有していた頃に築城したものと推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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