東谷原新田(読み)ひがしやわらしんでん

日本歴史地名大系 「東谷原新田」の解説

東谷原新田
ひがしやわらしんでん

[現在地名]春日部市谷原新田・谷原

上大増かみおおまし新田・下大増新田の東に位置し、古利根川と元荒川との間の沖積地に立地する。埼玉郡新方にいがた領に属した(風土記稿)。「風土記稿」によれば、寛文九年(一六六九)の日光山修営に携わった工匠が開発し、元禄期(一六八八―一七〇四)以降に東西に分村したという。しかし谷原新田の開発者を顕彰する天保四年(一八三三)建立三郎谷さぶろうやの碑(三郎谷稲荷境内)には、寛文九年に高田三郎と中村重政代官へ開発を願出て、東谷原を三郎が、西谷原を重政が開き名主となったことが記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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