東安積村(読み)ひがしあづみむら

日本歴史地名大系 「東安積村」の解説

東安積村
ひがしあづみむら

[現在地名]一宮町安積

現一宮町の南西部、揖保いぼ(三方川)とその支流引原ひきはら川の合流点北側に位置し、山崎やまさき城下(現山崎町)からの道が但馬方面と因幡方面に分岐する交通の要衝である。中世には安積保に含まれていた。寛文(一六六一―七三)頃にかまえ村を分村したとみられる。慶長国絵図に「ひかし厚見村」および「ひかしあつミ」がみえる。初め姫路藩領、慶長一八年(一六一三)備前岡山藩領(「寛政重修諸家譜」など)、元和元年(一六一五)山崎藩領(「寛文朱印留」など)、延宝七年(一六七九)幕府領(「本多家譜」東京大学史料編纂所蔵など)、享保元年(一七一六)幕府領と安志藩領の相給となり幕末に至る(延享三年「小笠原長逵知行目録」小笠原家文書、旧高旧領取調帳など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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