日本大百科全書(ニッポニカ) 「智蔵(日本)」の意味・わかりやすい解説
智蔵(日本)
ちぞう
生没年不詳。7世紀ころの三論宗の僧。俗姓は禾田(のぎた)氏。福亮(ふくりょう)(生没年不詳)の在俗のときの子とも伝えられる。福亮に三論を学び、天智(てんじ)天皇(在位661~671)の代に唐に留学し、高学の尼に就いて学んだ。持統(じとう)天皇(在位686~697)の代に帰朝し、学業をもって聞こえ、僧正(そうじょう)に任ぜられた。僧正任命の時期について諸説がある。三論宗の第二伝とされ、73歳で没した。弟子に大安寺の道慈(どうじ)、元興寺(がんごうじ)の智光(ちこう)や礼光(らいこう)(頼光。生没年不詳)がいたという。なお『懐風藻(かいふうそう)』に彼の詩が載せられている。
[二葉憲香 2017年3月21日]
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