日本更新世人(読み)にほんこうしんせいじん

改訂新版 世界大百科事典 「日本更新世人」の意味・わかりやすい解説

日本更新世人 (にほんこうしんせいじん)

広義には,更新世に日本列島に住んでいた人々を指す。狭義には,そのうちで具体的に人骨化石が発見されている人々のこと。日本旧石器人という言い方もあるが,更新世は古生物学的概念に基づく約260万~1万1000年前であり,旧石器時代は考古学的概念に基づく約250万~1万5000年前なので,両者は微妙に異なる。なお,旧石器時代の終わりは地域によって違うが,日本列島では,おおむね縄文時代の始まりと一致する。

 1931年の明石人骨発見以来,日本の更新世人(あるいは旧石器人)と主張された骨は22ヵ所の遺跡から出土しているが,その根拠信憑性はさまざまである。浜北人と白保竿根田原(しらほさおねたばる)洞穴人は,人骨から直接に放射性炭年代が推定されたので,ほぼ問題がない。山下町第1洞穴人,港川人ピンザアブ人,下地原(しもじばる)洞穴人は,人骨のそばから発見された炭化物の放射性炭素年代が推定され,人骨のフッ素含量も多く,一緒に発掘された動物相の古さなども確かめられているので,現段階で更新世人と見なして良いだろう。これら以外は,積極的に更新世人骨であるといえる根拠はない。三ヶ日人は,人骨から直接放射性炭素年代が推定され,縄文時代早期に属すると推定された。原人といわれた明石人は,実物は失われているが,寛骨模型の形態からホモ・サピエンスに属することは明らかで,しかも,現代人的な特徴が多い。牛川人の上腕骨と称する化石は,人骨ではないと考えられる。葛生人は人骨と動物骨とが混在しており,人骨に関しては年代の古いものはない。聖嶽(ひじりだき)洞穴人は,形態および年代推定の面で古いという根拠はない。それ以外の人骨資料も,根拠が希薄で更新世に属するかどうか不明である。
明石人 →牛川人 →葛生人 →下地原洞穴人 →白保竿根田原洞穴人 →浜北人 →聖嶽洞穴人 →ピンザアブ人 →三ヶ日人 →港川人 →山下町第1洞穴人
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