急性呼吸不全

内科学 第10版 「急性呼吸不全」の解説

急性呼吸不全(救急治療)

定義
 呼吸不全は「血液ガスが異常な値を示し,そのために生体が正常な機能を営めない状態」と定義される.具体的には,空気呼吸時のPaO2が60 Torr以下となる異常状態を呼吸不全とする.肺胞換気量が減少すると高二酸化炭素血症(PaCO2が45 Torrをこえる)となり,これを伴うものをⅡ型呼吸不全,伴わないものをⅠ型呼吸不全という.さらにこの状態の持続が1カ月以上続く場合を慢性呼吸不全,持続期間が1カ月未満の場合を急性呼吸不全と定義する(図3-2-6).ここでは急性呼吸不全に関して解説する.
原因
 急性呼吸不全の原因疾患を表3-2-2に示す.Ⅰ型急性呼吸不全をきたす可能性のある疾患には,重症肺炎・肺出血肺線維症の急性増悪などの肺実質障害,心原性肺水腫・成人呼吸促迫症候群(ARDS)・肺血栓塞栓症などの肺循環障害,結核性胸膜炎や癌性胸膜炎などによる胸水貯留などがある.Ⅰ型呼吸不全は,換気血流比の不均等分布や肺拡散能の低下によるA-aDO2(肺胞気動脈血酸素分圧較差)の開大によってもたらされる.Ⅱ型急性呼吸不全をきたす可能性のある疾患には,喘息重積発作,COPDの増悪,気道異物などの気道障害,急性脳血管障害・脳腫瘍・薬物中毒などの呼吸中枢障害,フグ中毒・Guillain-Barré症候群・多発肋骨骨折などの呼吸筋麻痺・胸郭変形などがある.Ⅱ型呼吸不全に認められるCO2の貯留は1回換気量の低下・呼吸回数の低下・死腔の増大などを原因とした肺胞低換気によってもたらされる.また,Ⅰ型呼吸不全を示す疾患も,きわめて重症になった場合には,肺コンプライアンスの低下や気道内分泌物による気道抵抗の上昇により,肺胞低換気に陥り,Ⅱ型呼吸不全に移行する可能性がある.
治療
 急性呼吸不全の治療においては,原因疾患の治療と急性呼吸不全そのものに対する治療の両者を組み合わせることが肝要である.ここでは,急性呼吸不全に対する一般的治療を解説する.
1)栄養療法:
急性呼吸不全患者は,炎症に伴うエネルギー代謝の亢進によって栄養障害に陥りやすい.その結果,呼吸筋の筋力低下や免疫能の抑制が認められる.近年,免疫増強作用を期待した免疫増強経腸栄養(immune-enhancing diet:IED)が開発され,その有効性を示すエビデンスが蓄積されつつある.IEDは,分子鎖アミノ酸,ω-3(n-3)系不飽和脂肪酸,ビタミンなどの免疫増強作用が期待される栄養素を含んでおり,重症肺炎,重症敗血症などの急性呼吸不全症例に対する有効性が証明されつつある.
2)酸素療法:
Ⅰ型呼吸不全の酸素療法は,酸素カヌレ・ベンチュリーマスクを用いて行う.酸素化の目標は,PaO2が80~100 Torr,またはSPO2が95%以上である.高流量や高濃度の酸素投与によっても酸素化が十分に得られなければ,ためらうことなく人工呼吸管理を行う.長期にわたる高濃度酸素療法は肺障害をきたす可能性があるので,必要最低限の適切な酸素量の設定に留意する.
 Ⅱ型呼吸不全の場合には,高濃度の酸素投与は呼吸中枢への低酸素刺激が解除されて肺胞換気量が低下し,PaCO2がさらに上昇することがあり注意を要する.鼻カヌレでは0.5 L/分程度の低流量から開始し,次第に濃度を上げていく.これで管理が困難であれば,酸素濃度設定が可能である特性をもつベンチュリーマスクを使用して,酸素濃度を厳密に管理する.パルスオキシメトリーではPaCO2の情報が得られないので,頻回の動脈血酸素分圧測定が必須である.酸素化が不十分で,呼吸性アシドーシスが進んできたときには人工呼吸管理に切り替える.
3)人工呼吸管理:
人工呼吸管理は,①低酸素血症の悪化,②高二酸化炭素血症の悪化,③努力性呼吸による呼吸筋疲労進行の,いずれかが生じたときに行う.NPPV(非侵襲的陽圧換気療法:non-invasive positive pressure ventilation)または気管内挿管下人工呼吸を選択する.
a)NPPV:気管内挿管下人工呼吸は,人工呼吸関連肺炎(ven­tilator-associated pneumonia:VAP)など,肺に障害をもたらす可能性があり,最近では,鼻マスクフェイスマスクを用いて行うNPPVが積極的に行われるようになった.COPDの増悪,心原性肺水腫,肺結核後遺症後の急性増悪などでは,挿管下人工呼吸を回避し,死亡率・入院日数を減少することが証明されている.表3-2-3に日本呼吸器学会NPPVガイドライン作成委員会によるNPPVの選択基準を示す.選択基準のうちで,「自然気胸が除外されていること」は,大切である.自然気胸はしばしば急性呼吸不全の原因となるが,これに対してNPPVを行うと緊張性気胸になって重大な結果になる.重症COPDの場合,少しの気胸でも呼吸不全に陥るので,場合によってはCT画像により,その存在を否定することが必要である.また,除外項目も大切で7項目のうち1つでも該当すれば適用から外れ,気管内挿管下人工呼吸を検討する.
 急性呼吸不全の場合のNPPVの導入においては,通常STモード(spontaneous timed mode:自発呼吸を感知して補助を行うが,一定時間自発のない場合はバックアップ呼吸がはじまる)で開始し,吸気圧(inspiratory positive airway pressure:IPAP)は7~8 cmH2O程度の低い圧からはじめて患者が耐えられるようであれば上昇させる.IPAPは患者の吸気努力が消失するまで上昇させるが,目安となるのは胸鎖乳突筋などの呼吸補助筋の動きである.EPAPは内因性PEEPを打ち消す圧として4~5 cmH2Oで十分な場合が多いが,トリガーがかかりにくいときは上げてみてもよい.SPO2は最低90%を保つようにし,必要であれば酸素を加える.重症例では開始1時間後の改善が重要であり,悪化してくる場合は,気管内挿管の決断が必要である.
b)気管内挿管下人工呼吸:先の表3-2-3に示したNPPV挿入の選択基準に相当する症例や,NPPVの除外基準に当てはまる症例は,原則的として気管内挿管下人工呼吸の対象になる.さらに,NPPVを開始して1時間を経ても回復の兆しがないか,悪化傾向のあるものも対象となる.
 CPAP(持続的陽圧換気)は,自発換気を有し,低酸素血症を有する重症呼吸不全例に適応があり,CPAP 5 cmH2Oで開始する.ボリュームコントロール換気(従量換気)は換気不全を伴うすべての呼吸不全に用いられ,1回換気量6~8 mL/kgで換気回数10回/分で開始する.プレッシャーコントロール換気(従圧換気)はCOPDや気腫性肺囊胞が多発している患者に対して気胸のリスクを回避するもので,コントロール圧10 cmH2Oで換気回数は10回/分程度で開始する.プレッシャーサポート換気は自発呼吸を有する呼吸不全に用い,サポート圧10 cmH2Oで開始する.間欠的強制換気は自発呼吸を温存しながら間欠的に呼吸補助を行う場合に用い,1回換気量6~8 mL/kgで換気回数10回/分で開始する.なお,低酸素血症を伴う呼吸不全患者では,さまざまな換気モードに5~10 cmH2Oの呼気終末陽圧(PEEP)を加え,気道の開存性を保持することで,酸素化の改善をはかる.
c)体外循環(extracorporal membrane oxy­genation):2009年に猛威をふるった新型インフルエンザ(インフルエンザA H1N1)の流行では,あらゆる種類の人工呼吸(モード)を用いても,呼吸不全状態から脱出できない肺炎が多発した.これと時期を同じくして,ランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)が英国を中心として行われ,回復の見込まれる人工呼吸中の成人重症急性呼吸不全症例において,体外式膜型人工肺(ECMO)施行群は従来型治療群に比較して有意に生存率が高いことが報告されている.ただ,ECMOですぐれた結果を出すには,熟練したスタッフの存在が不可欠であるとされている.
4)薬物投与:
a)ステロイド投与:COPD増悪におけるステロイドの全身投与は閉塞性障害,低酸素血症を改善し,治療失敗や再発を減少させることに明確なエビデンスがある.COPDは慢性安定期には好中球性炎症が主体であるが,急性期には好酸球性炎症が有意になるためである.プレドニゾロン30~40 mgの5~7日間投与が推奨される.重症肺炎に対してのステロイド投与は,肺局所の細胞性免疫の過剰反応を抑制することを期待してのものであるが,有効性に関しては意見が分かれる.ただ,呼吸不全を呈するマイコプラズマ肺炎では抗菌薬とステロイドの併用が有効であると報告されている.急性呼吸促迫症候群(ARDS)におけるステロイド投与の可否に関しては,明確な結論はでていない.メチルプレドニゾロン30 mg/kgを6時間ごとまたは,1000 mg/日程度を3日間投与する高用量ステロイド投与は古くから行われてきたが,近年これに関しての有効性は否定され,腎機能の悪化を指摘する可能性すら指摘されている.ただ,肺の線維化を防ぐ目的で,ARDSに対して低用量メチルプレドニゾロンを投与(2 mg/kg/日)する治療は,ARDSの基礎疾患によっては延命効果が期待できる.
b)蛋白分解酵素阻害薬:好中球から遊離されるpolymorphonuclear leukocyte elastase(PMN-エラスターゼ)活性を阻害するPMN-エラスターゼ阻害薬は,肺障害の進行を抑制する薬剤である.複数の薬剤が開発されているが,その中で,シルベスタットナトリウム水和物(以下シルベスタット)が臨床応用されている.シルベスタットは,敗血症性ALI/ARDSにおいて,肺酸素化能の改善促進,人工呼吸器離脱の早期化,血中SP-D値・エラスターゼ値の低下などが報告されている.また,肺炎に伴う全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome:SIRDS)においても,酸素化能の促進,人工呼吸離脱時間の短縮などが報告されている.
c)その他の薬物:NO吸入療法は,肺胞領域の血管を拡張させ換気血流不均等を是正して酸素化が改善すること,肺血管平滑筋を弛緩して肺高血圧を改善することより,急性呼吸不全の生命予後を改善する効果が期待されるが,現在の所,有効性を指示するRCTの結果は出ていない.
 サーファクタントはⅡ型肺胞上皮細胞で産生され,肺胞内に分泌されて肺胞表面を覆い,肺胞虚脱防止作用をもつ.多くの急性呼吸不全において,サーファクタントの分泌減少や構造変化を伴う.サーファクタント療法はこれを補充する治療であるが,成人ARDSにおいては,RCTによるエビデンスはない. β2刺激薬は,COPDの増悪時には第一選択薬として推奨されているが,肺水腫にも有効である可能性がある.肺胞上皮内のcAMPを上昇させ,その結果Na輸送を亢進し,肺胞浸出液を除去する.また,β2刺激薬は毛細血管内皮細胞の透過性を低下させ,肺胞浸出液のクリアランスを上昇させる可能性も指摘されている. 顆粒球単球コロニー刺激因子(granulocyte-macro­phage colony-stimulating factor:GM-CSF)は,好中球・マクロファージの分化促進による免疫機能亢進,サーファクタント維持機能,肺胞上皮のアポトーシス抑制作用などがある.急性呼吸不全を伴う重症敗血症に対して,低用量のGM-CSF療法が酸素化の改善を認めるという報告があり,今後のRCTの成果が期待される. プロテアーゼ阻害薬は,炎症細胞の活性化に伴う蛋白分解酵素および活性酸素による肺障害を阻止する作用があり,ウリナスタチンなどが使用されている.今後の大規模なRCTによるエビデンスの蓄積が期待される.[三嶋理晃]
■文献
日本呼吸器学会NPPVガイドライン作成委員会編:NPPV(非侵襲的陽圧換気療法)ガイドライン,南江堂,東京,2006.日本呼吸器学会在宅呼吸ケア白書作成委員会編:在宅呼吸ケア白書,文光堂,東京,2005.武政聡浩,石井芳樹:ALI/ARDSの新展開.呼吸と循環,58:555-564,2010.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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