思春期危機(読み)ししゅんききき(英語表記)adolescent crisis

改訂新版 世界大百科事典 「思春期危機」の意味・わかりやすい解説

思春期危機 (ししゅんききき)
adolescent crisis

思春期における精神的な危機的状態をさす精神医学用語。青春期危機ともいう。思春期は二次性徴の出現という身体的・生理学的に大きな変化が生じてくる時期であって,それのみでも精神的に不安定となる要因をはらんでいる。また,生理学的には成熟していても,なお大人の仲間入りを認められない未熟な存在としか認められない不安定さもある。さらに,思春期とはこれまでの依存的な存在から自立を志向し,自己とは何かを問う時期でもあり,それが精神的不安定を招く。このような時期に精神的不適応状態がとくに生じやすいことに注目し,思春期危機という概念を提唱したのはドイツの精神科医E.クレッチマーであった(1948)。クレッチマーが強調したのは内分泌機能の変動による心理的本能の作用であり,この危機の発現に生理学的成熟が大きな役割をはたすものとした。思春期の危機的状況をより心理的な側面からとらえようとする見解のなかで,有名なのはアメリカの精神分析学者E.H.エリクソンのものである。エリクソンは,彼のいう〈同一性(アイデンティティ)〉の解体とその新たな確立とが要求されるとき生じる〈同一性危機〉の一つの典型として,思春期にあらわれるそれをあげた。すなわち,それまで自己のよりどころとしていた親を規範とする同一性から脱皮して,自分なりの新たな同一性を早急に確立しなければならないとき,危機的状況におちいるとした。この同一性危機の概念はクレッチマーのいう思春期危機の理解を補足すべき見解である。思春期危機の具体的な精神医学的病態としては,種々の心因反応,各種の神経症,適応障害などがある。最近,日本では登校拒否,無気力学生,家庭内暴力,非行自殺などの問題が多発しているが,これら思春期の正常からの偏った種々な不適応状態を理解するうえに本概念を援用することもある。
思春期医学
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