日本歴史地名大系 「忠隈炭鉱」の解説
忠隈炭鉱
ただくまたんこう
現穂波町東部の忠隈一帯にあった炭鉱。炭質は粘結性を有し火力は強力、発熱量は六二〇〇―七〇〇〇カロリー程度。コークス原料および汽缶用として用いられ、八幡製鉄所(現北九州市八幡東区)に原料炭として納炭されることもあった。当鉱の沿革は文政期(一八一八―三〇)の五尺炭層の発見を嚆矢とする。同一〇年頃忠隈村
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現穂波町東部の忠隈一帯にあった炭鉱。炭質は粘結性を有し火力は強力、発熱量は六二〇〇―七〇〇〇カロリー程度。コークス原料および汽缶用として用いられ、八幡製鉄所(現北九州市八幡東区)に原料炭として納炭されることもあった。当鉱の沿革は文政期(一八一八―三〇)の五尺炭層の発見を嚆矢とする。同一〇年頃忠隈村
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