心音図・心機図

内科学 第10版 「心音図・心機図」の解説

心音図・心機図(検査法)

 心臓の収縮,拡張に伴って発生する心音,心雑音を忠実に記録したものが心音図で,視診,触診で得られる心臓・血管由来の拍動を低周波曲線として記録したものが心機図である.心エコー・ドプラ検査の普及によって最終診断にはならない本法の位置づけは低くなったが,以下の利点がある.①身体所見習熟と客観化,所見の保存,情報の共有,伝達,に貢献する.②身体所見は初診,急変時において診断の方向性を探り,病態の理解を深めるためのもの.③画像診断,心臓カテーテル検査と異なった情報であり,相補うものである.④血管雑音,心膜摩擦音,ギャロップ,ラ音は聴診でしか得られない情報である.
(1)心音図・心機図の記録法
 記録部位は聴診にて決定する.多くの誤認は聴き落としによる.胸骨右縁,胸骨下縁,心尖部の聴診は不可欠である.特に小さい僧帽弁閉鎖不全やⅢ音は左側臥位でのみ聴取される.呼気止めで記録するが,呼吸性変動が重要な情報となる病態(Ⅱ音分裂,右心性疾患,など)では静かな呼吸下で記録する.
(2)心音と心音図
 心音の大きさには個体差がある.一般的には正常者の心尖部ではⅠ音はⅡ音より大きく,Ⅱ音は心基部でI音より大きく,やや高調である.Ⅱ音は呼気で単一,吸気で分裂する.胸骨下縁から心尖部にかけて存在するⅠ音分裂はⅡ音分裂ほど明瞭ではないが,吸気でより目立つ.Ⅰ音の主体(前成分)は僧帽弁の閉鎖と緊張に由来する(図5-5-6).後成分は三尖弁でやや遅れ,分裂間隔は35 msec以内である.心音の大きさは弁の性状(硬さ),振幅,閉鎖速度で規定される.Mモードエコーとの同時記録で明らかなように,PQ間隔は健常者ではⅠ音の大きさを規定する大きな因子である.PQ間隔が短いと開放したばかりの僧帽弁は急速に閉鎖するのでⅠ音は大きく,PQ延長では弁は徐々に閉鎖してⅠ音は減弱・消失する.完全房室ブロック例やWenckebach型房室ブロックの患者ではⅠ音は心拍ごとに変化する.前者でPQ短縮時に聞かれる大きなI音はcannon sound(大砲音)と称される.Ebstein奇形で聞かれる強大な1音(Ⅰ音の後成分)は大きく開放した三尖弁前尖が閉鎖するときの心音で,sail sound (帆音)である.金属性の,速く閉まるドアの音は,徐々に閉まるドアの音やゴム製のドアの音より大きく,高調であるのと同じ理由による.弁が硬く,閉鎖速度が速い僧帽弁狭窄症のⅠ音が亢進するのも理解されよう.弁にズレや破壊のある僧帽弁閉鎖不全でⅠ音が減弱・消失するのは接合不全のためである.
 Ⅱ音(ⅡA,ⅡP)は大動脈弁,肺動脈弁の閉鎖と緊張により発生する.吸気では右心の還流が増加するので駆出時間が延長して肺動脈弁閉鎖が遅れ,吸気性分裂をみるが,低圧系のためにⅡPはⅡAより小さい(図5-5-7左).右脚ブロックでは分裂が目立ち,左脚ブロック,右室ペーシング,B型WPW症候群ではⅡ音分裂は消失するか逆分裂をみる.心房中隔欠損症では固定性分裂といわれるように,呼気でも分裂する.Ⅱ音の大きさも弁の性状と閉鎖速度に左右される.動脈硬化,上行大動脈拡張,高血圧例ではⅡAは大きく,肺高血圧でⅡPは亢進する(図5-5-7
右).
(3)健常者の機能性,非病的雑音
 健常者でも小さい雑音は存在する.狭窄,逆流,短絡の認められない例で存在する心雑音で,ほとんどはⅠ音,Ⅱ音の間に出現する駆出性(ダイヤモンド型)雑音でLevine 2/6 度以下である.過剰心音や拡張期雑音は存在しない.特に中高年齢者での収縮早期駆出性雑音はsclerotic murmur(大動脈弁硬化性雑音)(図5-5-8左)といわれるように,大動脈弁の硬化とわずかな開放制限によるもので弁口部ピーク流速は1.5~2.5 m/sec以下である.2.5 m/sec以上は大動脈弁狭窄といわれる.大動脈弁硬化と大動脈弁狭窄との差は程度の問題である.このほかに健康な若年者の心基部で聞かれる機能性雑音,学童の振動性(楽音様)収縮期雑音(Still 雑音)がある.なお,心房中隔欠損症や大動脈弁閉鎖不全,あるいは貧血に伴う駆出性雑音は高流量によるもので,流速もやや速くなるが機能性ともいわれる.超音波検査の普及した今日では構造的異常を認めない収縮期雑音を機能性とすべきであろう.
(4)雑音の成因と種類
 成因は狭窄,閉鎖不全,短絡による高流量,高流速である.心雑音の音量には流量,流速,粘度,音源の深さ,胸壁の伝播特性が関与する.多くは前2者であるが,生体内では重症化とともに流量と流速が並行するわけではないので音量のみからの定量化は難しい.流量の少ない高速の血流は僧帽弁や大動脈弁閉鎖不全のように高調であるが,重症になると圧較差が減少して流量が増えるために低調となる.流量が多くても流速の遅い僧帽弁狭窄はランブルと称されるように,低調であることも理解されよう.音量は聴診によるLevine 6段階法による.
 駆出性雑音と逆流性雑音(図5-5-8):左室(右室)圧が大動脈(肺動脈)を凌駕して弁が開放する駆出時間に流れる雑音が駆出性雑音でⅠ音,Ⅱ音の間に存在する.ほとんどは弁や流出路の狭窄による.大動脈弁硬化や軽症の大動脈弁狭窄では収縮早期性であるが,中等度以上の狭窄と閉塞性肥大型心筋症,左室中部狭窄,右心性の駆出性雑音は程度にかかわらず経験的には収縮中期性である.一方,Ⅰ音開始からⅡ音の後まで持続する雑音が僧帽弁閉鎖不全(ときに三尖弁閉鎖不全)である(図5-5-8右端).高流速を反映して音調は駆出性雑音より高調である.逆流であっても収縮早期性(Ⅰ音から減衰する)や収縮後期性(多くは逸脱により漸増する)の雑音もあるがやはり高調である.
 大動脈弁閉鎖不全はⅡ音から出現する減衰性の一般には高調な(灌水様)雑音であるのに対して僧帽弁狭窄症のそれは開放音(opening snap:OS)に続く拡張期ランブルである.洞調律では亢進したⅠ音の前に前収縮期雑音も存在する.
 短絡疾患:心室中隔欠損症は僧帽弁逆流と同様に持続は長い.動脈管開存症や動静脈屢,Valsalva洞破裂,などでは圧較差を反映して連続性である.
(5)過剰心音【⇨図5-5-6】
1)Ⅲ音とⅣ音:
いずれも低調な心音である.健常な若年者(20歳代以下)ではⅡから150 msec前後遅れて生理的Ⅲ音が聴取される.Ⅳ音はⅠ音の直前,P波の後に記録されるきわめて低調な心音であり,高齢者での記録は異常ではない.成人で聴取されるⅢ音,Ⅳ音は病的である.それぞれ僧帽弁流入ドプラでの偽正常化現象,弛緩障害を反映した所見であるが,一対一に対応するものではない.なお,Ⅲ音は僧帽弁閉鎖不全や心室中隔欠損でも出現する.頻脈で聞かれるときはギャロップ(奔馬調律)と称される.両者の存在は四部調律,Ⅲ音,Ⅳ音が重なって聞かれるときは重合奔馬調律といわれる.
2)駆出音:
大動脈弁性と肺動脈弁性がある.Ⅰ音分裂より明瞭に識別される,Ⅰ音(M1)より50 msec前後遅れた高調な心音(クリック様)であり,弁が突然,開放する状況下で出現する.多くは弁狭窄が高度でない大動脈(二尖)弁や肺動脈弁狭窄で聴取・記録される.上行大動脈拡大例や肺動脈弁閉鎖不全,肺動脈拡張例で存在するときは伸展音と称される.大動脈弁駆出音は呼吸性変動をみないが,肺動脈弁駆出音は吸気で減弱か消失する.
3)僧帽弁開放音(opening snap:OS):
僧帽弁狭窄症で硬くなった弁がはじけるように開放するときに出現する高調な心音である.高度狭窄で開放振幅が小さいときは存在しない.左房圧が高いほど出現する時相は早く,中等度狭窄ではⅡ音から60~90 msec後である.
4)ノック音:
収縮性心膜炎の一部に存在する拡張早期心音でⅢ音より早く,OSよりは遅い.音調はⅢ音とOSの中間である.
5)収縮期クリック:
僧帽弁(まれには三尖弁)由来の収縮中・後期に出現するきわめて高調な心音で,左室圧が上昇して僧帽弁が緊張・逸脱することによると思われるが,全例で逸脱が証明されるわけではない.典型的病態としてmid-systolic click and late systolic murmur(収縮中期クリック・収縮後期雑音)がある.通常は1個であるが,複数個のクリックもある.
(6)脈波と心機図
 視診,触診には経験を要する.normal variationや境界領域も多いので典型的波形が記録されたときにのみ意味をもつ.それでもあくまでも参考所見に終わる.
1)頸動脈波曲線【⇨図5-5-6,図5-5-7】:
原則,頸動脈の拍動は左右同じなので触診にて確認した場所でピックアップを当てて記録する.触診にて正常(図5-5-7),スリル,急峻(図5-5-8)の3パターンがわかれば十分である.明らかなスリルがあれば,まず大動脈弁(上)狭窄を考える.正常例,閉塞性肥大型心筋症は考えにくい.急峻な立ち上がりは脈圧の大きい例,大動脈弁閉鎖不全でみられる.spike and dome といわれる二峰性脈を触診で見つけるのは至難の業である.
2)心尖拍動図【⇨図5-5-10左図】:
最も外側に触れる心臓由来の拍動であり,ほとんどは左室である.正常者の半数以下で坐位にて左第5肋間前後の鎖骨中線上,限局した部位で触れる.臥位ではさらに触れにくくなるが,左側臥位では触れやすくなる.健常者ではtappingと称して収縮期に短く触れるのに対して,左室拡張・肥厚では長く(抬起性=sustained)触診できる.外側に幅広く触れるときは拡張を考える.心電図P波に続いて小さい拍動(A波)とあわせて二峰性に触れるときは左室の肥厚を意味する.高度僧帽弁閉鎖不全症では収縮期の持続は短く,拡張早期に急速充満波を記録する.
 胸骨左縁で収縮期拍動を触れるときは右室拍動であり,右室の著明な拡張・肥大(RV heave)を考える.
3)頸静脈波曲線【⇨図5-5-10右】:
頸静脈は右房から上大静脈腕頭静脈を経由して上方に直行する右内頸静脈の起始部で記録する.収縮期波(x)と拡張期波(y)の下行する二相性脈波(x>y)として観察,記録する.吸気で怒張すれば右房圧上昇を示唆する(Kussmaul徴候).心房細動例では三尖弁逆流を反映してかx谷は小さくなり,中等度以上の三尖弁閉鎖不全があれば収縮期には上向きの陽性波となる.収縮性心膜炎では拡張早期のy谷が深くなり(y>x),高度三尖弁逆流と類似する.右鎖骨下静脈から枝分かれして内頸静脈と交差する外頸静脈は視診として参考になっても記録には不向きである.[羽田勝征]
■文献
羽田勝征:聴診でここまでわかる身体所見—循環器の疾患と病態,p53, 60,中山書店,東京,2010.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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