庄司勝富(読み)しょうじ・かつとみ

朝日日本歴史人物事典 「庄司勝富」の解説

庄司勝富

生年:生没年不詳
江戸中期町人通称を又左衛門,俳名を叙乂,道恕と号した。江戸吉原の開祖庄司甚右衛門6代の後裔で,新吉原江戸町1丁目の妓楼西田屋を経営し,同町の名主を務めるかたわら,俳諧詩作に親しんだ。元文3(1738)年自作を中心に廓内の遊女や住人,親交のあった俳人,絵師,詩人らの作や,古老の茶飲み話を集めて,『洞房語園』(前集3冊,後集1冊)を刊行した。また同名ながら内容の異なる一本が写本で伝わっており,一般にはこれを『異本洞房語園』(1720)と呼んで区別するが,本書は吉原創設以来の歴史や制度,風俗,習慣などの聞書で,『新吉原町由緒書』とともに吉原史料として珍重された。

(宇田敏彦)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「庄司勝富」の解説

庄司勝富 しょうじ-かつとみ

1668-1745 江戸時代前期-中期の俳人。
寛文8年3月28日生まれ。江戸吉原草創期の功労者庄司甚右衛門の後裔(こうえい)。妓楼(ぎろう)西田屋の主人町名主。元文3年往来のあった俳人,絵師,遊女などの作をあつめて「洞房語園」を編集,刊行した。延享2年8月8日死去。78歳。本姓野村。通称は又左衛門。号は道恕(どうじよ),叙乂(じよがい)。

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367日誕生日大事典 「庄司勝富」の解説

庄司勝富 (しょうじかつとみ)

生年月日:1668年3月28日
江戸時代中期の町人
1745年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の庄司勝富の言及

【洞房語園】より

…江戸中期の随筆。庄司道恕斎勝富著。1720年(享保5)の自序がある。江戸の吉原遊廓について,遊女の起源や吉原の創設からを詳しく述べた書。吉原について記したもっとも早い解説書として近世以来珍重されている。勝富の祖である庄司甚右衛門が吉原を開設したこと,廓中の各町の名称,遊女勝山,太夫吉田,太夫高尾,散茶(さんちや)女郎の起りなどが記されている。異本があり,本文に出入りがある。【宗政 五十緒】…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」