師勝(読み)しかつ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「師勝」の意味・わかりやすい解説

師勝
しかつ

愛知県北西部、西春日井郡(にしかすがいぐん)にあった旧町名(師勝町(ちょう))。現在は北名古屋(きたなごや)市の東部を占める一地区。旧師勝町は名古屋市の北隣の町で、1961年(昭和36)町制施行。1963年北里村のうち薬師寺地区を編入。2006年(平成18)西春(にしはる)町と合併、市制施行して北名古屋市となる。名古屋鉄道犬山線が通じ、名古屋市のベッドタウン。条里遺構もあるが、多くは近世の新田村。第二次世界大戦後は住宅化、工業化によって人口が20年間(1960~1980)に4.8倍に増えた。その後1980年代からはほぼ横ばい状態であるが、1990年代なかばには4万人を超えた。名古屋市から進出した食料品、繊維などの小規模工場が多く、2001年には製造業の事業所数は333を数え、農村変じて商工業地帯になった。名古屋芸術大学もある。文化財も多く、高田寺(こうでんじ)本堂(薬師堂)は室町初期の建築で本尊薬師如来坐像(やくしにょらいざぞう)とともに国指定重要文化財。能田(のうた)地区の「徳若万歳(とくわかまんざい)」と六ツ師(むつし)地区の神楽(かぐら)ばやしは北名古屋市指定の無形民俗文化財。

[伊藤郷平]

『『師勝町史』(1961・師勝町)』『『師勝町史』増補版(1981・師勝町)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「師勝」の意味・わかりやすい解説

師勝
しかつ

愛知県北西部,北名古屋市東部の旧町域。濃尾平野中央に位置する。 1961年町制。 2006年西春町と合体して北名古屋市となった。名古屋市の都市近郊農業地域であるが,1962年以来宅地化,工業化が進み,食品,繊維などの小工場も立地するようになった。高田寺本堂は国の重要文化財。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

改訂新版 世界大百科事典 「師勝」の意味・わかりやすい解説

師勝 (しかつ)

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報