日本大百科全書(ニッポニカ)「工業所有権」の解説
工業所有権
こうぎょうしょゆうけん
工業所有権とはフランス語のpropriété industrielleの訳語で、公式には1894年(明治27)の日英通商航海条約の議定書のなかで用いられたのが最初である。工業所有権は産業上の知的財産権であり、その意味で、近年では産業財産権という用語が使用されるようになってきた。工業所有権という単一的な権利はなく、日本では通常、特許権、実用新案権、意匠権、商標権を総称するものとされているが、広義には、商号権や不正競争防止法に基づく権利(たとえば、コンピュータ・プログラムを使用したディスプレーの影像が同法にいう商品の表示に該当するとした判例もある)なども工業所有権に含まれる。
工業所有権は発明など人間の精神的労働の成果および営業上の信用(グッドウィル)を保護する排他的独占権であって、民法上の所有権に性質が似ているが、客体が無形の財貨である点で、有体物を客体とする所有権とは異なるものである。工業所有権は財産権なので、使用、収益、譲渡、相続が認められ、他人が権利者に無断でこの権利を利用したときは、その行為に対し差止請求や損害賠償請求が認められるほかに、侵害罪として刑事上の制裁もある。
[瀧野秀雄]
工業所有権の制度と法律
欧米各国では工業所有権をいち早く制度化し、1883年には各国における工業所有権制度の調整を図るため、内外人平等の原則、優先権制度、各国特許独立の原則をうたった「工業所有権の保護に関するパリ条約」(工業所有権保護同盟条約、パリ条約)が締結され、日本は1899年(明治32)にこの条約に加盟した。「技術に国境はない」といわれているが、導入技術を模倣や盗用から保護する工業所有権制度の確立があって初めて国際間の技術交流が盛んに行われる。日本の工業所有権制度が前記パリ条約の精神に従い健全に運営されていたことにより、第二次世界大戦の長期間にわたる技術的空白を埋める数多くの優れた外国技術の導入が円滑に進められ、自主技術の開発が促進された。このように、技術の交流、およびそれを支える工業所有権制度は、国内産業の発展、ひいては国民の福祉の向上に大きく寄与している。
法律的には工業所有権法または産業財産権法という単一の法典はなく、狭義には特許法、実用新案法、意匠法および商標法を含めた総称であり、広義には不正競争防止法および条約をも含めた総称として用いられることがある。条約としてはいわゆるパリ条約のほか、通称PCTとよばれる特許協力条約Patent Cooperation Treaty、TRTとよばれる商標法条約Trademark Registration Treatyなどがある。
[瀧野秀雄]
『瀧野文三著『最新工業所有権法』(1975・中央大学出版部)』▽『特許庁編『進展する工業所有権制度』(1975・財団法人日本特許情報センター)』▽『吉藤幸朔著・熊谷健一補訂『特許法概説』第13版(1998・有斐閣)』▽『特許庁編『工業所有権法逐条解説』第16版(2001・発明協会)』