岩殿寺(読み)がんでんじ

日本歴史地名大系 「岩殿寺」の解説

岩殿寺
がんでんじ

[現在地名]坂北村別所

現在は別所べつしよの北に本堂などがある。これを中心に、岩殿いわどの山に登る三キロの地帯に寺堂・行場の跡があり(→岩殿山、経塚の遺物も出土する。山号富蔵山本尊馬頭観世音、天台宗延暦えんりやく寺末。

「信府統記」岩殿寺の項に「戸隠勧修院末寺ナリ、会田組別所村ニアリ、一当寺ハ人王三十五代舒明天皇ノ御宇ニ開基ストイヘトモ、行者結界入峰ノ地ト云ヒ伝テ、其名ハサタカナラス、五十四代仁明天皇嘉祥元年慈覚大師勅命ヲ承テ、七十五社并ニ堂塔ヲ再興シ給フ、其比三百町ノ寺領ヲ寄附セラレテ、十二坊ニ是ヲ配分シ来レリ、八十七代後嵯峨院寛元四年服部伊賀守ト云フ人、此辺ヲ領セシ時寺領ヲ減シ、永楽六十貫文ヲ寄附ス、天正ノ比石川氏領主ナリシトキ、六十貫文ノ寺領モ没収セラレシトナリ、今ハ黒印拾五石ノ寺領アリ」とある。

岩殿寺
がんでんじ

[現在地名]逗子市久木五丁目

北側を山に囲まれた丘陵上にある。岩山南面の洞穴岩殿いわど観音とよばれる石造十一面観音立像を祀る。曹洞宗、海雲山と号し、本尊は鎌倉扇谷英勝おうぎがやつえいしよう寺の、太田氏禅尼の葬礼の折造立した六観音のうちの一体で、木造十一面観世音菩薩立像。坂東三十三観音二番札所。

古くは海前山と号し真言宗に属したという。縁起によれば、養老六年(七二二)行基創建という。「吾妻鏡」文治三年(一一八七)二月二三日条に「依大姫公御願、於相模国内寺塔、被誦経、藤判官代邦通、河勾七郎政頼等奉行之、姫公参岩殿観音堂給」とあり、その後も北条政子・源頼朝・頼家・実朝らの参詣が度々記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

デジタル大辞泉プラス 「岩殿寺」の解説

岩殿(がんでん)寺

神奈川県逗子市にある曹洞宗の寺院。山号は海雲山。本尊は十一面観世音菩薩。縁起では養老年間、行基による開創と伝わる。坂東三十三観音の第2番札所。

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事典・日本の観光資源 「岩殿寺」の解説

岩殿寺

(長野県東筑摩郡筑北村)
信州の古寺百選指定の観光名所。

出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報