ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「山本為三郎」の意味・わかりやすい解説
山本為三郎
やまもとためさぶろう
[没]1966.2.4. 東京
実業家。 1909年 17歳で父のガラス製造業を継ぎ,帝国鉱泉と瓶の供給契約を結んだ。 14年第1次世界大戦が始り瓶の原価が上がると,これを打開するためにアメリカへ渡り半自動製瓶機を購入して帰国,17年日本製瓶会社を設立した。 21年同社は帝国鉱泉,加富登麦酒と合併して日本麦酒鉱泉会社を設立,根津嘉一郎の下で常務に就任,33年日本麦酒鉱泉は大日本麦酒と合併,47年同社専務取締役。 49年に新大阪ホテル,さらに過度経済力集中排除法の適用によって大日本麦酒が2分割され,その1社朝日麦酒の社長に就任。以後数社の役員を兼任,さらには中央酒類審議会委員も兼ねた。また 1920年代には友人の興行師 A.ストロークを通じて J.ハイフェッツ,F. I.シャリアピンなどの音楽家の来日公演にも尽力したほか,日本民藝館の建設にも援助するなど文化面でも功績がある。
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