山手公文北村(読み)やまてくもんきたむら

日本歴史地名大系 「山手公文北村」の解説

山手公文北村
やまてくもんきたむら

[現在地名]旭町きた

現旭町の北東端に位置し、村域中央に標高五六六・七メートルの森上もりあげ(盛上)山、北端に標高五一〇・二メートルの幻住寺げんじゆうじ山があり、二つの山塊に挟まれる。打木沢うつきざわから北へ越えると坪井上つぼいかみ(現久米町)是定これさだから東へ越えれば里公文上さとくもんかみ(現同上)、南は山手公文南村である。森上山と幻住寺山の間から友重ともしげ(通谷川)が流れ出し、先谷さきだに川を合せて通谷かいだに川となり、西川にしがわで旭川に注ぐ。かつては通谷川の北側は倭文しとり庄、南側は垪和はが庄であったという。もと倭文庄公文村で、文禄三年(一五九四)二月九日の江原親次寄進状(幻住寺文書)に公文村の名がみえる。

江戸時代初期までには里公文村(現久米町)と山手公文村とに分れていたと思われる。正保郷帳に山手公文村とあり、田方五七六石余・畑方四一二石余。寛文九年(一六六九)北村と南村に分村した(作陽誌)。元禄一〇年(一六九七)美作国郡村高辻帳では北村・南村を合せた改出高一六四石余・開高四八石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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