尿素回路酵素異常症

内科学 第10版 「尿素回路酵素異常症」の解説

尿素回路酵素異常症(先天性アミノ酸・尿素回路および有機酸代謝異常症)

(3)尿素回路酵素異常症(図13-3-12)
定義・概念
 アミノ酸の分解により生じたアンモニアは尿素回路によって水に溶ける尿素に変換され,腎臓から排泄される.また,一部のアンモニアはグルタミングルタミン酸の再合成に再利用される.このため,尿素回路酵素欠損症や,グルタミン酸脱水素酵素異常症によってアンモニアの体内蓄積が起こる.そのほかミトコンドリア膜のオルニチン輸送体欠損症やシトリン欠損症,細胞膜の塩基性アミノ酸輸送体欠損症などにおいても起こる.これらの異常による高アンモニア血症は,重篤な中枢神経系障害をもたらす.
 血中アンモニアの上昇は中枢神経系の異常(悪心,嘔吐痙攣昏睡などの意識障害)を起こし,死亡に至ることもある.また,慢性に経過すると脳萎縮,知能低下を起こす.鑑別診断 新生児患者の血中アンモニア濃度は200 μmol/Lをこえ,乳児患者では100 μmol/Lをこえる.鑑別の主要基準は高アンモニア血症である.図13-3-13に,新生児における高アンモニア血症を示す疾患の鑑別を示す(Behrman,2006).
治療
 原則的には十分なエネルギーを投与し,必須アミノ酸の形で最低限の蛋白質を投与する.しかし後に述べるシトリン欠損症では低蛋白・高糖質食は逆に高アンモニア血症を引き起こすので,注意を要する.アルギニンの投与は尿素サイクル異常に起因する高アンモニア血症(アルギナーゼ欠損症は除く)に有効である.アンモニア濃度の低下には,安息香酸ナトリウム,アルギニンなどが有効である.
1)カルバモイルリン酸合成酵素(CPS)
欠損症,オルニチンカルバモイルトランスフェラーゼ(OCT)
欠損症,N-アセチルグルタミン酸合成酵素欠損症:
これらの疾患は,同じような臨床症状,生化学異常をきたす.重症度は多様であるが,一般的には生後数日後より,高アンモニア血症の症状(神経症状,拒食や意識障害など)がみられる.CPS欠損症は常染色体劣性遺伝形式をとる.OCT欠損症はX連鎖性優性遺伝であるが,ヘテロ接合体の女性患者よりも,ヘミ接合体の男性患者が重症である.男児の患者では生後数日で重症の高アンモニア血症を生じる.女性および一部の男性患者では,無症状のこともあり,蛋白質を多くとったときや感染症を発症したときに,発作的に高アンモニア血症が現れる.本疾患ではオロチン酸の尿中排泄が増加し,CPS欠損症と鑑別できる.診断は肝臓だけに存在する酵素活性を測定することにより確定できる.OCT欠損患者ではアルギニンの代わりにシトルリンの補充も有効である.
2)シトルリン血症,アルギニノコハク酸尿症,アルギニン血症:
アルギニノコハク酸合成酵素(ASS)の欠損は基質であるシトルリンの蓄積を起こしシトルリン血症(citrullinemia)となる.常染色体劣性遺伝形式で,いくつかの変異が報告されている.アルギニノコハク酸リアーゼ(ASL)の欠損によって生じるアルギニノコハク酸は容易に尿に移行するので尿中への排泄が多くASL欠損はアルギニノコハク酸尿症(argininosuccinic aciduria)という.これらの疾患は新生児期から発症するものが多く,臨床症状は血中のシトルリンが上昇する以外はCPSやOCT欠損症とよく似ている.軽症型では発育不全,頻発する嘔吐を示す.
 アルギナーゼ欠損によるアルギニン血症(argi­ninemia)は常染色体劣性遺伝形式をとる.症状はほかの尿素サイクル酵素異常症とかなり異なる.生後数カ月から数年の間は正常で,それまで正常であった小児が脳性麻痺のような歩行異常で発症することが多い.筋緊張亢進,反射亢進,痙攣などの神経症状がみられる.血中のアルギニンの著しい上昇を認める.尿中へは,アルギニン,リシン,オルニチン,シスチンなどの塩基性アミノ酸の排泄増加をみる.アルギニンの投与は禁忌である.治療にはアルギニンを含まない低蛋白食を投与する.
3)高オルニチン血症・高アンモニア血症・ホモシトルリン尿症(hyperornithinemia,hyperammonemia and homo­citrullinemia:HHH)症候群:
オルニチンとシトルリンを交換に輸送するオルニチン輸送体の欠損は,高オルニチン血症,高アンモニア血症,およびホモシトルリン尿症を呈する(HHH症候群).オルニチンがミトコンドリア内へ輸送されないことより,高オルニチン血症と尿素サイクルの破綻をきたす.また,ホモシトルリンはミトコンドリア内でカルバミルリン酸塩とリシンが反応して生成される.高アンモニア血症の症状は生後すぐに現れるか,成人期まで発現が遅れることもある.
4)シトリン欠損症(citrin defi­ciency)(図13-3-14):
シトリン欠損症はアジアに多くみられ,わが国では2万人に1人とされている.新生児期には,シトルリンを含む多アミノ酸血症(血清スレオニン,チロシン,メチオニン,フェニルアラニンなどの上昇),ガラクトース血症,遷延性黄疸,低蛋白血症,低血糖などの多彩な症状を呈する一種の新生児肝炎(neonatal intrahepatic cholestasis caused by citrin deficiency:NICCD)を起こす.新生児スクリーニングで検出されない患者も多く,黄疸,成長障害などを示す.肝不全を発症することもあるが,大部分の患者では,これらの症状は6カ月から1年以内にほぼ消失する.十数年ないし数十年の無症状期を経て,約1/5の患者が成人期(10歳~70歳代)に,失見当識,譫妄状態,痙攣,意識障害などを主症状とする成人発症Ⅱ型シトルリン血症(CTLN2)を引き起こす.
 シトリンは,ミトコンドリア内膜のアスパラギン酸・グルタミン酸輸送体(AGC)であり,アスパラギン酸はミトコンドリアで合成され,シトリンを介して細胞質に輸送される.そのため,シトリン欠損症では細胞質のアスパラギン酸が欠乏することによって尿素回路の破綻をきたす.そのほかにも図13-3-14に示すように,オキサロ酢酸の低下より糖新生の障害,またNADHの蓄積により解糖系にも機能不全を起こす. 食習慣に特徴があり,幼小児期より成人期に至るまで,糖質とアルコールを嫌い,脂質や蛋白質を好む(Sahekiら,2006).食事治療としては,低炭水化物食,アルギニン製剤,ピルビン酸ナトリウム製剤の投与が行われている.過剰の糖質摂取・投与によって細胞質のNADHが上昇し,尿素回路の破綻をきたし,高アンモニア血症となる.入院治療の際に,グリセロールの投与,高糖濃度の輸液などは,細胞質のNADH蓄積をさらに助長し,死亡に至ることもあるので,本疾患では禁忌である.高度な肝障害に対しては肝移植が有効である.移植後は食趣向も変化する.
5)リジン尿性蛋白不耐症:
小腸上皮細胞および腎尿細管に存在する塩基性アミノ酸(リジン,オルニチン,アルギニン)輸送体の異常によって起こる.小腸からこれらアミノ酸の吸収が障害され,腎臓からの排泄が増加するため,塩基性アミノ酸の血中濃度は低下する.尿素回路に必要なアミノ酸が低下するため高アンモニア血症を呈する.臨床症状としては,摂食拒否,嘔吐,下痢などがみられ,このため成長障害,骨粗鬆症などを伴う.[中屋 豊]
■文献
Behrman RE eds: Nelson Textbook of Pediatirics, 17th ed, pp. 397-398, 2396-2427, Elsevier, 2006.
Saheki T, Kobayashi K, et al: Reduced carbohydrate intake in citrin-deficient subjects. J Inherit Metab Dis, 31: 386-394, 2006.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報