天福院跡(読み)てんぷくいんあと

日本歴史地名大系 「天福院跡」の解説

天福院跡
てんぷくいんあと

[現在地名]盛岡市長田町

なが町中ほどの西裏にあった黄檗宗の寺。別名高天こうてんとも称し、元文城下図にみえる。開基萬福まんぷく(現京都府宇治市)の木庵の徒弟高天。はじめ陸奥法眼ほうげん(現青森県黒石市)、のち大慈だいじ寺の末寺となる(内史略本「盛岡砂子」)。「御領分社堂」に「山城国宇治黄檗山萬福寺被仕、天福山自然寺と票文申下シ候得共、新取立故、天福庵と唱来候、尤稲荷御官位之節は、京都吉田家より天福院と申参候、乍然右之書付ハ焼失仕候」と記され、享保二〇年(一七三五)大慈寺末になっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

自動車税・軽自動車税

自動車税は自動車(軽自動車税の対象となる軽自動車等および固定資産税の対象となる大型特殊自動車を除く)の所有者に対し都道府県が課する税であり、軽自動車税は軽自動車等(原動機付自転車、軽自動車、小型特殊自...

自動車税・軽自動車税の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android