国民主権(読み)こくみんしゅけん

精選版 日本国語大辞典 「国民主権」の意味・読み・例文・類語

こくみん‐しゅけん【国民主権】

〘名〙 国家の主権が国民にあること。民主主義の基本原理で、主権在民人民主権ともいう。日本の旧憲法では、天皇に主権があるとされたが、新憲法では、国民に主権があることを宣言している。
※憲法講話(1967)〈宮沢俊義〉七「どこの国でも、国民主権が原理でなくてはならず」

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デジタル大辞泉 「国民主権」の意味・読み・例文・類語

こくみん‐しゅけん【国民主権】

主権在民

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改訂新版 世界大百科事典 「国民主権」の意味・わかりやすい解説

国民主権 (こくみんしゅけん)

国民主権とは,主権が君主や議会にではなく,国民にあるとする近代の憲法原理であり,〈主権在民〉と呼ばれることもある。しかし,その具体的な意味内容については,時代や立場によって考え方や理解のしかたが大きく異なっている。直接的には〈国民〉と〈主権〉の意味をどう解するかによって態度が分かれる。代表的なものは次の三つである。

 第1は,国籍をもっている国民の集まり(全国民)が国家権力をもつことを意味し,その全国民のために国家権力の行使つまり政治が行われることを求める原理だとする考え方である。フランス革命のなかで,ブルジョアジーにより〈国民(ナシオンnation)主権〉として主張されたものである。生まれた直後の乳児から死の直前の老人までの全国民に国家権力が不可分のものとして専属しているとするものである。このような全国民は,実際にはいかなる行動もできない集団で,国家権力もみずからは行使できない。そこでは国民代表と呼ばれる国民の一部にその行使をまかせざるをえず,代表制が必然となる。国家権力は全国民のものであり,個々の国民は,それについてなんらの権利ももっていないから,その行使に当然に参加できるわけではなく(したがって普通選挙も当然に認められるわけではなく),国民代表の行う政治について注文をつけ,その責任を追及する権利も当然にはもっていない。このような国民主権は,一方で君主主権を排除し,他方で資本主義の展開に批判的な民衆の政治参加をも排除しつつ,〈余暇と教養〉をもつブルジョアジーの代表による政治を保障しうるものとして,近代市民憲法にとり入れられていった。フランスがフランス革命で国民主権を宣言しながら,長いこと制限選挙制度をとり,労働者を中心とする民衆や女性を政治から排除しえたのは,そこで宣言された国民主権が〈国民主権〉だったからである。

 第2の考え方は,国民主権を政治に参加できる年齢に達した国民(市民)の集まりとしての〈人民〉が国家権力をもっていることを意味し,そのような人民によって人民のために政治が行われることを求める原理だとするものである。これは,フランス革命のなかでブルジョアジーにも従属する立場にあった民衆の自覚的な部分(戦闘的なサンキュロット)から〈人民(プープルpeuple)主権〉として唱導されていたものである。人民は,その構成員からも明らかなように,自分で直接に国家権力を行使できる。しかも,〈人民(プープル)主権〉のもとでは,人民の利益や意思は,その構成員たる個々の市民の利益や意思の集合と考えられているので,すべての市民が国家権力の行使に参加する当然の権利をもち,直接民主制が政治の原則となる。代表制をとる場合でも,直接民主制に代わるものであるから,代表は人民の意思に当然に拘束され,人民に責任をとらなければならない。政治は〈人民の,人民による,人民のための政治〉でなければならない。革命期の民衆の自覚的部分は,このような原理によって社会で多数を占める民衆を特権階級からだけではなくブルジョアジーからも解放しようとしたのである。このような考え方は,その後も民主主義の原理として労働者を中心とする民衆から一貫して主張され,第1の考え方を批判する役割を果たしている。

 第3の考え方は,国家権力は国家自体のものであり,国民主権とは政治に参加できる年齢に達した国民(市民)の集まりである人民が国家の統治組織において国家意思の最高の決定権をもっていることを意味するというものである。国家権力自体は人民のものではなく国家のものであり,人民は国家のために国家意思を決定できるにすぎないから,そこでは人民の意思による人民のための政治が当然に保障されることにはならない。この考え方は,上から資本主義化が行われたドイツや日本に特有のもので,国民主権も君主主権もすべて国家のためのものであるとすることによって,国家権力自体がだれのものかという主権原理本来の問いかけを避け,主権原理をめぐる論議を無益なものにしようとするものである。

 第1の考え方は,第2の考え方の歴史的・社会的担い手の強化に伴って,また人間の平等を中心におく民主主義思想の普及に伴って,しだいに第2の考え方の方向に妥協的に展開し,現代においては第2の考え方にとって代わられようとしているといっても大過はない。第3の考え方も同様に第2の考え方にとって代わられる方向にあるといえよう。

日本国憲法は,前文第1段と第1条で国民主権をとり入れた。その制定時には,明治憲法天皇主権から日本国憲法の国民主権への転換に伴って,〈国体〉(国家の根本的特色)が変わったかどうか激しく論争された。尾高・宮沢論争は,その代表的なものである。尾高朝雄は,真の主権者ノモス(法の理念)であって,天皇主権も国民主権もノモスに従って天皇や国民が政治を行うべき責任をもっていることを意味するにすぎないから,天皇主権から国民主権への転換は〈国体〉の変革を意味しないと主張した。これに対して宮沢俊義は,ノモスの主権を認めるとしても,ノモスの具体的な内容を最終的に決定する権能(責任)が天皇にあるとする憲法と国民にあるとする憲法は質的に異なるとして,〈国体〉は変わったと主張した。しかし,当時の論争においては,日本国憲法の国民主権が先にあげた三つの考え方のいずれをとっているかは,自覚的には論じられなかった。国体明徴問題天皇機関説問題に象徴的にみられるように,明治憲法下では主権の問題をまともに検討するだけの学問の自由が認められていなかったので,主権論の水準は低く,当時の論争もその影響を受けていたのである。しかし,論争後は,学界においては,先にあげた第3の考え方またはその亜流が支配的なものとなっているようにみえる。1960年代の後半ころから国民主権についての再検討が始まり,第1,第2,第3の考え方の歴史的・社会的担い手,目的,構造などがしだいに明らかにされてきている。

 日本国憲法の国民主権の意味については,主権原理が〈国家権力はだれのものであるか〉を定める憲法原理だという主権原理の本来の意義を考慮し,かつ15条1項(公務員の選定罷免権),同3項(普通選挙の保障),同4項(投票の秘密と無答責),44条(選挙人と議員の資格の平等),57条(会議の公開),79条2~4項(最高裁判所裁判官の国民審査),96条(憲法改正の国民投票)なども考慮するならば,第2の考え方がとられていると解すべきであろう。たしかに,日本国憲法の中にも43条1項(全国民の代表)や51条(議員の発言表決の無答責)のように,第1の考え方になじむ伝統的な規定も含まれている。しかし,日本国憲法が第2の考え方をとっていると解するからには,これらの規定についても第1の考え方になじむように解釈すべきではなく,それらを含めて憲法のすべての関連規定は第2の考え方と整合性を保つように解釈され,運用されるべきであろう。
国民代表 →主権
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「国民主権」の意味・わかりやすい解説

国民主権
こくみんしゅけん

主権すなわち国の最高意志は国民によって形成される、また国の最終意志を決定できるのは国民である、という民主主義的な政治・法思想。主権は君主にあるという君主主権論や、君主の権力は神から授かったとする王権神授説(神権説)に対する語。主権在民ともいう。日本では、大日本帝国憲法時代には、天皇は神聖不可侵で、統治権を総攬(そうらん)するという考え方がとられていたが、新しい日本国憲法では、主権は国民にあることが明記され、日本における民主政治の基礎が確立された。

 国民主権という考え方は、17世紀中葉以降の二つのイギリス市民革命(ピューリタン革命と名誉革命)期に、ホッブズやロックによってまずその論理が形成された。古来、主権をだれがもつかによって、君主政、貴族政、民主政の3種に分類する方法がとられてきた。ついで、16世紀のフランスの政治思想家ボーダンは、立法権をもつ者が主権者であるとして、主権の内容をより明確にした。近代的な主権理論を構成したのはホッブズである。彼は悲惨なピューリタン革命を目の前にして、人間はその生命の安全(自己保存)を図るために、契約を結び政治社会を形成することに同意せよと述べ、さらに政治社会を形成した全成員を代表する者を主権者とよび、この主権者が制定する法律に従って平和に生きることを人々に勧めた。このことは、権力の基礎は人々の同意や契約によるという考え方(社会契約)を提示したものであって、ホッブズによって、国民主権的な考え方が近代において最初に登場したのをみる。続いて、ロックは、人々は所有権(生命・自由・財産)を保護するために契約を結び政治社会を形成したと述べ、この政治社会をうまく運営するためには、よき立法部が確立されなければならないとした。そして、この立法部こそ当時のイギリス議会にほかならず、こうしてロックは、イギリス議会は全国民の同意のもとに最高権力をもつという論理を巧みに弁証したのである。これに対し、ロックから70年ほどのちに『社会契約論』(1762)を書いたフランスの政治思想家ルソーは、イギリスの誇る議会政治を批判し、「一般意志」つまり「全人民の意志」は、いかなるものによっても代行されえないこと、あるいは、イギリス人は選挙のときにだけ自由であって、選挙が終わればふたたび奴隷状態に戻る、とも述べた。このことは、封建的・特権的なフランスの身分制議会(三部会)はもとより、当時、制限選挙制のもとにあったイギリス議会をも批判したのであって、「一般意志」の実現を保障するためには、結局は、全国民が政治に参加しなければならない、という人民主権論を唱えたものと考えられる。

 ここにおいて、市民階級による国民主権の主張にみられる擬制概念は批判にさらされ、以後、各国において、真の国民主権とは、成年男子に普通選挙権を与えることとされ、さらには、成年男女による男女平等普通選挙権が実施されることによって、国民主権論は、名実ともに人民主権論へと発展したのである。したがって、現在では、国民主権論と人民主権論はほぼ同じ意味に用いられている。第二次世界大戦後、現代資本主義国家の多くは、普通選挙制を実施し民主政治が実現されたが、依然としてさまざまな社会的矛盾を抱えている。このため、社会主義国家の側からは、労働者・農民を中心とする権力を設立し、真の国民主権を実現せよ、という批判がなされ、それに呼応して、資本主義国家における社会主義諸政党は、議会を全国民的な利益を代表する機関に構造改革し、真に国民主権的な政治を実現しようという努力を続けている。

[田中 浩]

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百科事典マイペディア 「国民主権」の意味・わかりやすい解説

国民主権【こくみんしゅけん】

主権在民ともいう。領土内のあらゆる人・団体に対する最高・絶対の支配権の根拠が国家を構成する全員(国民)にあるということ。君主主権に対する。現行憲法は国民主権を定める(前文第1段および第1条)。→国民代表
→関連項目行政裁量公務員国民国家参政権主権日本国憲法

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「国民主権」の意味・わかりやすい解説

国民主権
こくみんしゅけん
popular sovereignty

主権は国民にあるとする国家原理。国家の統治のあり方を究極的に決定する権威ないし力が国民にあるとし,国民主権とまったく同じ意味で人民主権ということもあるが,後者には限定された特殊な用法もある。君主主権に相対する。日本国憲法前文1段および1条は国民主権に立脚することを明らかにしている。もっとも,国民主権の具体的意味の理解については一様ではなく,大別して,国民主権は国家の意思力を構成する最高の機関意思が国民にあることを意味し,それは憲法によって定まると解する説と,国民が憲法の制定者であることを意味するとする説 (憲法制定権力説) とに分れる。基本的には後者の立場に立つ場合にあっても,さらに,主権者たる国民は観念的統一体としての国民で,主権がそのような国民にあるということは,統治の正当性の究極の源が国民にあるということを意味する,というように解する説と,主権の権力的契機を重視し,主権は個々の人民が分有し,人民みずからがそれを行使するところに本質があるとする人民主権説とに分れる。

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世界大百科事典(旧版)内の国民主権の言及

【国民代表】より

…しかし,身分制議会は,一般意思を最終的に決定できる地位にはなく,主権者たる国王の諮問機関にすぎなかったので,近代的意味での国民代表府ではなかった。
[国民主権から人民主権へ]
 議会が国民代表府として一般意思を決定するという考え方は,近代市民革命のなかで憲法に取り入れられた。そこでは,同時に,議員は全国民の代表であって特定の地域や身分などの代表ではない。…

※「国民主権」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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