北河原用水・羽生領用水(読み)きたがわらようすい・はにゆうりようようすい

日本歴史地名大系 「北河原用水・羽生領用水」の解説

北河原用水・羽生領用水
きたがわらようすい・はにゆうりようようすい

慶長九年(一六〇四)代官頭伊奈忠次による備前びぜん堀開削事業の一環として開削された用水で、利根川支流ふく川から北河原村で取水、東方へ導いておし・羽生二領四六ヵ村を灌漑する。正保元年(一六四四)忠次の子忠治が改修した(埼玉の土地改良)。途中酒巻さかまき村で南方に分れた支流は下新郷しもしんごう(現羽生市)に至り(風土記稿)本流下中条しもちゆうじよう須賀すかの両村を東進、小須賀こすが(現羽生市)で二派に分れて羽生領の南北を潤すように計画された(風土記稿)。しかし取入口から羽生領までは一〇キロもあり用水が潤沢に届かないので、寛文六年(一六六六)稲子いなご用水を設けて利根川から直接取水し、羽生領の助け水とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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