動脈硬化(粥腫の形成とその破裂)

内科学 第10版 の解説

動脈硬化(粥腫の形成とその破裂)(循環器疾患の主要病態)

 ヒト冠動脈壁では,経年的に「プラーク(plaque)」とよばれる内膜の肥厚性病変が形成される.従来の病理学的研究から,急性心筋梗塞,不安定狭心症,心臓突然死などの,いわゆる急性冠症候群(acute coronary syndrome)の発症には,単純な動脈硬化性プラークの進行による内腔狭窄ではなく,冠動脈プラークの破裂・びらんと,それに続く血栓形成が重要な役割を担っていることが明らかにされてきている(Fusterら,1992).特に,プラーク破裂は,大きな粥腫(アテロームatheroma,脂質コア)と薄い線維性被膜で特徴づけられるlipid-richプラークに発生する.
(1)ヒト冠動脈プラークの形成・進展機序
 プラークの形成・進展とその経時的変貌は,動脈硬化病変の本質的現象である.その進展メカニズムについてはいまだ不明な点も多いが,①内皮細胞の機能障害や傷害,②血管平滑筋細胞の遊走・増殖,③マクロファージ集積・泡沫化,④Tリンパ球の浸潤,⑤脂質の沈着とアテローム形成,⑥細胞外マトリックスの産生と分解,⑦プラーク内血管新生,⑧プラーク内石灰沈着,などの要因が相互,かつ複雑に関与していると考えられている.
(2)lipid-richプラークの形成メカニズム
 ヒト冠動脈プラークの構成成分は多様であり,平滑筋細胞を主体とし線維成分に富む線維性プラーク(fibrous plaque)から,脂質成分に富み線維成分に乏しいlipid-richプラークまで,さまざまな性状が存在している. これまでの病理学的研究から,急性冠症候群の発症原因として「プラーク破裂(plaque rupture)」の関与が明らかにされており,このようなプラーク破裂を起こしやすい不安定なプラークとしては,上述のように,lipid-richプラークが重要視されている(図5-3-1).ヒトにおいてlipid-richプラークがどのようなプロセスで形成されるかについてはいまだ不明な点が多い.
 従来から,動脈硬化性プラークにおける粥腫は,泡沫細胞の細胞死によって脂質がマトリックスに放出されることにより形成されるという仮説が提唱されている.しかし,粥腫で認められる脂質組成と泡沫細胞の脂質組成とは明らかに異なる,などの点から,この泡沫細胞由来説には反論もみられる.Guytonらは,細胞成分を介さない細胞外脂質沈着に基づく脂質コア形成説を唱えている.
(3)プラーク破裂とプラーク炎症
 急性心筋梗塞症例の冠動脈のプラーク破裂部位には,マクロファージやTリンパ球などの慢性炎症細胞の集積が増大することが報告されている(Daviesら,1985;van der Walら,1994).さらに急性炎症細胞である好中球の浸潤も高度に認められることが最近明らかにされた(Narukoら,2002).
 このように,ヒト冠動脈プラークにおいて,内皮細胞の高度な機能障害や傷害が局所的にもたらされると,マクロファージやTリンパ球などの集積が次第に引き起こされ,さらにプラーク炎症の反復再燃などに関連して好中球の活性化や浸潤が起こると,その部位の組織構築がますます不安定化するとともに,局所の酸化ストレスが一段と増大していくものと考えられる.
(4)プラーク破綻と血栓
 急性冠症候群の発症には,プラーク破裂やびらんに引き続いて起こる血栓形成が重要な役割を担っている.このような病態における初期血栓としては,血小板血栓が重要視されている(図5-3-2).ヒト冠動脈プラークにおいて,炎症性プロセスの進展により内皮細胞の高度な傷害・剥脱やプラーク破裂が起こると,種々の接着因子の放出に続いて,血小板が粘着・凝集する.この結果,さらに種々の生理活性物質が放出されて,血管内腔に向かう壁在血小板血栓が形成され,続いてこれに赤血球の凝集や凝固系活性化によりフィブリン網の形成も加わって,最終的に冠動脈を閉塞するような血栓へと成長すると考えられる.
(5)プラーク破裂の要因
 プラーク破裂の要因として,①プラークの形態構築・組織性状などプラーク自体の内在的要因と,②血行動態などに関連した外因的なトリガー,が重要視されている.内因的要因に関しては,上述のように,これまでの病理学的および臨床的研究から,lipid-richプラークに内在する「易破裂性」こそが,狭窄度よりも本質的な要因であることが明らかにされている.このような「破裂しやすさを内在するプラーク」に,外的な力が破裂トリガーとして加わることによって,プラーク破裂が急激に起こると考えられている.破裂トリガーになりうる外的な因子としては,交感神経系の亢進,血圧の急激な上昇,冠攣縮などの関与が推察されている.急性心筋梗塞の発症には日内変動があり,午前中の9時から12時,特に起床後約3時間以内に最も多いことや,阪神淡路大震災発生後の4週間では発生前に比べ3.5倍に急性心筋梗塞が増加していたことなどがこれまで報告されている.これらの事実は,交感神経系の亢進,あるいは感情的ストレスの増大に関連した交感神経系の活性化がプラーク破裂に関連しているという可能性を強く示唆している.さらに交感神経系の亢進は,血小板凝集能の亢進,凝固能の亢進,線溶系の低下などを介して血栓形成促進にも関与していることが報告されている.[上田真喜子]
■文献
Davies MJ, Thomas AC: Plaque fissuring― the cause of acute myocardial infarction, sudden ischemic death, and crescendo angina. Br Heart J, 53: 363-373, 1985.
Naruko T, Ueda M, et al: Neutrophil infiltration of culprit lesions in acute coronary syndromes. Circulation, 106: 2894-2900, 2002.
van der Wal AC, Becker AE, et al: The site of intimal rupture or erosion of thrombosed coronary atherosclerotic plaques is characterized by an inflammatory process irrespective of dominant plaque morphology. Circulation, 89: 36-44, 1994.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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