兼山町(読み)かねやまちよう

日本歴史地名大系 「兼山町」の解説

兼山町
かねやまちよう

面積:二・四九平方キロ

可児郡北端に位置する。南は古城こじよう(二七七・二メートル)の主峰から南北に走る険阻な岩山が連なり、北は深い峡谷の兼山瀞をなす木曾川が南西へ流れる。南は御嵩みたけ町、北は木曾川を境に加茂郡八百津やおつ町と接し、細長い河岸段丘上に帯状町並を形成する。県道多治見―八百津線が町並中央を、名鉄八百津線が山麓を通る。町域は日照時間が短く農耕地も少ない。近世には兼山村一村で、明治二二年(一八八九)町制を施行。大字はない。町制以後も可児郡・加茂郡を商圏とする商業の町として大正末期まで繁栄した。町内所々に土蔵や三階建の倉が残る。同三三年兼山―多治見間二〇キロに乗合馬車が営業を始め、一日二往復、片道四時間を要した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報