伴部郷(読み)ともべごう

日本歴史地名大系 「伴部郷」の解説

伴部郷
ともべごう

和名抄」所載の郷で、高山寺本は止毛へ、東急本は止毛倍と訓じ、名博本はトモヘとする。天平一七年(七四五)優婆塞貢進状(正倉院丹裏古文書)に「白髪部千嶋年十七上総国長狭郡大伴郷戸主白髪部千足戸口」とあり、長狭郡に大伴おおとも郷があった。弘仁一四年(八二三)淳和天皇の諱大伴を避けて大伴宿禰を伴宿禰に改めるとしていることから(「日本紀略」同年四月二八日条)、これに伴い郷名も大伴郷から伴部郷に改められたものと考えられている。

伴部郷
ともべごう

「和名抄」所載の郷で、訓を欠く。高山寺本は伴、東急本は伴々につくる。々はで部の略字であることを指摘したのは「日本地理志料」で、「大日本地名辞書」もこの説をとる。前者は現大沼郡会津本郷あいづほんごう町と現同郡会津高田あいづたかだ町をあげ、後者は現会津若松市中心部の南北の諸村里にあたるとする。伴部は大化前代大伴連の部曲の大伴部ゆかりの地名であろう。

伴部郷
ともごう

郷域は現小城おぎ郡牛津町の友田ともだ一帯比定される。

肥前風土記」にはみえないが、風土記にいう小城郡七ヵ郷の一と考えられる。

伴部郷
ともべごう

「和名抄」に「伴部」と記され、訓を欠く。「新編常陸国誌」に「按ズルニ、今ノ茨城郡友部村ナリ、旧名ハ大伴ト云フ、大伴ヲ以テ名トスルモノハ、景行帝ノ時、大伴部ヲ置カレタル地ナレバナリ」とあり、現西茨城郡岩瀬町友部ともべに比定する。

伴部郷
ともべごう

「和名抄」に「伴部」と記され、訓を欠く。「新編常陸国誌」に「按ズルニ、イマノ友部村コレナリ、古ハ此郷本郡ノ南ノ堺ニテ、久慈郡ニ隣レリ」とあり、現多賀郡十王町友部ともべに比定する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

土砂災害

大雨や地震が誘因となって起こる土石流・地滑り・がけ崩れや、火山の噴火に伴って発生する溶岩流・火砕流・火山泥流などによって、人の生命や財産が脅かされる災害。...

土砂災害の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android