人文・社会科学系の研究(読み)じんぶん・しゃかいかがくけいのけんきゅう

大学事典 「人文・社会科学系の研究」の解説

人文・社会科学系の研究
じんぶん・しゃかいかがくけいのけんきゅう

人文社会科学の分野]

人文・社会科学の学問分野は,たとえば独立行政法人日本学術振興会の「平成29年度科学研究費助成事業―系・分野・分科・細目表」では,次のように分類されている。

人文学] ①哲学(哲学・倫理学,中国哲学・印度哲学・仏教学,宗教学,思想史),②芸術学(美学・芸術諸学,美術史,芸術一般),③文学(日本文学,英米・英語圏文学,ヨーロッパ文学,中国文学,文学一般),④言語学(言語学,日本語学,英語学,日本語教育,外国語教育),⑤史学(史学一般,日本史,アジア史・アフリカ史,ヨーロッパ史・アメリカ史,考古学),⑥人文地理学(人文地理学),⑦文化人類学(文化人類学・民俗学)

[社会科学] ①法学(基礎法学,公法学,国際法学,社会法学,刑事法学,民事法学,新領域法学),②政治学(政治学,国際関係論),③経済学(理論経済学,経済学説・経済思想,経済統計,経済政策,財政・公共経済,金融・ファイナンス,経済史),④経営学(経営学,商学,会計学),⑤社会学(社会学,社会福祉学),⑥心理学(社会心理学,教育心理学,臨床心理学,実験心理学),⑦教育学(教育学,教育社会学,教科教育学,特別支援教育)

 そのほか,学際・複合領域として環境科学,生活科学,地域研究,エネルギー科学,国際関係などが挙げられている。

[人文・社会科学の特色]

科学技術学術審議会(日本)の報告文書では「人文学は人間の精神や文化を主な研究対象とする学問」であり,「社会科学は人間集団や社会の在り方を主な研究対象とする学問である」とし,その研究対象は,どちらも「基本的に人間によって作られたものである」としている。また人文学・社会科学の成果は,何かの役に立つという道具的な性格をもつというよりも,「理解」の共有という対話的な性格を有している。このような性格から,人文学・社会科学は,多様性を前提としつつ人々の間に共通の理解を促すという意味で,文明の形成に大きな貢献を果たしていると,その特色を挙げている。

 さらに人文学においては,哲学や思想といった「価値」それ自体が研究対象となる。社会科学においても,社会を構成する人々や集団の意図や思想といった「価値」に関わる問題を取り扱っている。このように「価値」の問題とかかわりが比較的少ない自然科学と比較して,ある面ではより複雑な研究対象を取り扱っているということができるとも述べている。

[学問分類―人文・社会・自然科学]

人文・社会・自然科学といった学問分類はいつごろ生まれたのか。中世ヨーロッパの大学は周知のように神学,法学,医学,教養諸科という四つの学部から構成されていた。教養諸科は自由七科(三学,四科)と呼ばれる学習内容を包含し,他の三学部の予備的,基礎的な地位にあった。三学とは文法,修辞学,論理学であり,四科とは算術,幾何,天文学,音楽を指している。教養諸科は今日のリベラルアーツの前身とされている。教養諸科はのちに哲学部と改称されるが,「哲学は神学の婢」という言葉があるように,哲学部となっても他の三学部より下位に置かれていた。しかし18世紀に入り中等学校が整備され,基礎的教養は中等教育で行われるようになると,哲学部はより高度の言語的・文学的・哲学的教養を教授する学部へと発展していく。とくに18世紀後半には,ドイツ観念論が一世を風靡するなかで,理性により自由に真理を探求する場として哲学部は従来の下級学部の地位から,他の上級学部をむしろ圧倒する位置にまで高まることになった。

 19世紀になると,自然科学の急速な進歩と分化は哲学部からの理学部分離をもたらした。また資本主義経済の発達にともない,経済学部が法学部から独立する。こうして今日の人文(文学部),社会(法学部,経済学部),自然科学(理学部,医学部)という学問の三分類が定着することになった。

[文系学部廃止論と人文・社会科学研究の意義

冷戦終結を大きな転換点として,さまざまな分野でグローバル化が一挙に進行した。第2次世界大戦後四十数年間続いてきた資本主義と共産主義の対立構造は終焉し,以後はグローバル化社会における価値観をめぐる考え方の相違がこれに取って代わることになる。とくに1980年代以降,国際的な市場を舞台に展開する経済競争が激化するなかで,新自由主義的な考え方が教育の世界にも波及することになった。こうした大きな流れを背景に,文部科学省は2015年(平成27)6月,国立大学法人に対し,人文・社会科学系などの学部・大学院の「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換」を求める通知を出して話題となった。以来,これらの学問領域がどう社会に役立つのか,コストに見合う成果を挙げているのかなど,その存在価値をめぐる論議が活発に行われている。

 2016年5月に,日米欧主要7ヵ国の教育相による「G7教育大臣会合」が岡山県倉敷市で開催された。その「倉敷宣言」では「教育によって,基本的な価値観である生命尊重,自由,民主主義,多元的共存,寛容,法の支配,人権の尊重,社会的包摂,無差別,ジェンダー間の平等を促進するとともに,シティズンシップを育成すること」がきわめて重要であると強調されている。こうしたテーマが現代の人文科学・社会科学分野の重要な研究課題になっていると言えよう。

 前述の科学技術・学術審議会の言葉を借りれば,実証的な方法に基づいた「分析」による「説明」とともに,対話的な方法を通じた「総合」による「理解」を志向することが,人文・社会科学の知的営為であるとされる。このような知的営為には「実践的な契機」が内包されており,社会との「対話」を通じて人間や文化,さらには社会を変革する効果をもたらすはずであると結論づけている。現代教育の課題を前にして,このような視点に立った人文・社会科学の研究が望まれよう。
著者: 木戸裕

参考文献: 科学技術・学術審議会学術分科会『人文学及び社会科学の振興について(報告)―「対話」と「実証」を通じた文明基盤形成への道』,2009.1.20.

参考文献: 文部科学省ウェブサイト:「G7倉敷教育大臣会合 G7 Kurashiki Education Ministers' Meeting in Okayama」

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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