交人村(読み)ましとむら

日本歴史地名大系 「交人村」の解説

交人村
ましとむら

[現在地名]岐阜市交人・大学北だいがくきた大学西だいがくにし

伊自良いじら川の右岸に位置し、南は今川いまがわ村、西はほら村。天和三年(一六八三)の堤論裁許絵図(河田家蔵)によれば、集落は村西端にあり、城田寺きだいじ(伊自良川)沿いに交人村古屋敷畑が描かれ、そこから集落に向けて堤が築かれている。益戸・更人・間人とも記された。戦国時代末期には土豪筑間氏、のち郷氏が居住していたという。慶長郷帳および元和二年(一六一六)の村高領知改帳によれば、堀直寄(越後長岡藩)領七九〇石余・旗本日根野高継領一七三石余。正保郷帳によれば加納藩領で、高九六四石余の内訳は田八一七石余・畑一四六石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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