中韓関係[現代](読み)ちゅうかんかんけい[げんだい]

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「中韓関係[現代]」の意味・わかりやすい解説

中韓関係[現代]
ちゅうかんかんけい[げんだい]

第2次世界大戦後,中国は長い間大韓民国を国家として認知せず,「南朝鮮」の呼称をとってきた。ところが韓国の盧泰愚大統領は,1987年の大統領就任前から中韓国交樹立に意欲をみせるなど,前向きの姿勢で中国にのぞんできた。一方中国側は,北朝鮮との関係を配慮し,慎重な態度で韓国に接してきたため,交流は政経分離の原則を課せられたごく小規模な関係にとどめられていた。しかし,東西冷戦終結に伴い,90年 12月に韓ソ両国国交樹立,それを契機に中韓関係にも新たな変化が生じ,90年秋に中韓の間にフェリー航路が開設され,91年2月には北京に韓国の貿易事務所がオープンするなど,着実な関係改善を進めてきた。そして,92年8月,韓国の李相玉外相と中国の銭基 琛外相は北京で,両国の外交関係樹立に関する共同声明に調印,両国は即日,国交を樹立した。「北方外交」を仕上げて北朝鮮を孤立させ,中国市場に進出しようとする韓国と,韓国の資本・技術導入により「改革開放」を深化・拡大させようとする中国の利害が一致した結果であるが,韓国側は台湾との断交,中国側は北朝鮮との関係悪化という代償を払うことになった。国交樹立後,盧泰愚大統領が韓国大統領として初めて訪中 (9月 27日) ,経済・貿易関係の諸協定が締結された。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android