上田端町(読み)かみたばたまち

日本歴史地名大系 「上田端町」の解説

上田端町
かみたばたまち

[現在地名]上越市なか町三丁目

両替りようがえ町の北に続く西裏町にしうらまち通の両側町。町の長さおよそ九〇間(高田市史)。北方檜物屋ひものや町を挟んで下田端町があるが、もとは一町で福島ふくしま城下時代からの町。江戸時代両町は肴商売などの特権を与えられており、その問屋を田端問屋とよんだ。天和期(一六八一―八四)の調では役を負担する町で屋敷数三三、上・下田端町で名主一人(頸城郡誌稿)。正徳年間(一七一一―一六)の高田町各町記録(榊原家文書)によると井戸数三三、紺屋一人・肴問屋六人・肴小売七一人・肴値段番四人・信州出肴改横目一人。寛保二年(一七四二)の調では家数六九、名主一人(頸城郡誌稿)。宝暦三年(一七五三)五月五日夜、当町より出火、火は西裏町通沿いに北に延びて本杉鍛冶もとすぎかじ町までの四七六軒を焼いた(長谷川保信氏所蔵文書)

〔田端問屋〕

福島城下時代の慶長一三年(一六〇八)一二月「福島中あい物之儀、田端町にてうりかい可仕候、当国さかな之事ハ不及申、他国より相越候肴たりといふ共、わきわきにてうりかい仕候ハ可為曲事候、但、長門・にしさかな町之儀ハ可為各別候」という掟が発せられ(仲町町内会所蔵文書)、これにより田端町は長門ながと町・西肴にしさかな町とともに、越後産はもとより他国から運ばれてきた肴についても「うりかい」の独占権を与えられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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