日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
ポール(Reginald Pole)
ぽーる
Reginald Pole
(1500―1558)
宗教改革期のイギリスの教会政治家、枢機卿(すうききょう)、カンタベリー大司教。母はエドワード4世の姪(めい)。1513年から8年間オックスフォード大学で学んだのち、21年ヘンリー8世の命によりイタリアのパドバ大学に留学し、6年間ルネサンス期イタリアの学芸に接した。30年ヘンリー8世がヨーク大司教職を提供したが受けず、かえって彼の離婚問題を痛烈に批判して故国を去った。36年教皇パウルス3世に招かれてトレント公会議を司会し、その敬虔(けいけん)、誠実、純粋な人柄は多くの人々の信頼を得た。53年メアリーが王位についたとき帰国し、56年カンタベリー大司教に任じられたが、メアリー女王の死の12時間後に四日熱マラリアで死去した。
[今野國雄]