ホフマン(Ernst Theodor Amadeus Hoffmann)(読み)ほふまん(英語表記)Ernst Theodor Amadeus Hoffmann

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ホフマン(Ernst Theodor Amadeus Hoffmann)
ほふまん
Ernst Theodor Amadeus Hoffmann
(1776―1822)

18世紀末から19世紀初頭のドイツ・ロマン派の代表的作家。アマデウスは、もとの名としてはウィルヘルムであったが、モーツァルトへの傾倒から自分で生涯そのように名のった。創作の中心は小説だが、歌劇や室内楽など音楽作品、水彩画など美術作品も残している。

 ドイツはプロイセンケーニヒスベルク(現ロシア領カリーニングラード)に法律家の子として生まれたが、父母の別離により幼児期には母方の実家で育つ。その地の大学で法律を学んだのち、グローガウ、ベルリンでも学び、その後は司法官の職についたが、カリカチュア事件で左遷され、1804年からは当時プロイセン支配下にあったワルシャワで政務事務官を務めた。16年ベルリンの大審院判事に任ぜられ、司法官と文学者の二重生活を送り、22年同地に没した。

 若いときから音楽創作の憧憬(しょうけい)もだしがたく、ゲーテジングシュピールを作曲したりしていたが、ワルシャワではブレンターノの『愉快な音楽士』に基づくオペラなどを作曲。ナポレオンの制圧公職を追われ、生活を支えるのに指揮をしたり歌ったりもしていた。1808年から宮廷楽長も務めたが、やがてバンベルクに移り、そこの劇場つきの作曲家となって、フケーの作に基づくオペラ『ウンディーネ』や合唱曲などを作曲した。

 このころG・H・シューベルトの論文『自然科学の夜の側面の見方』の影響で著作に向かう。音楽紹介や批評を書き、ベートーベンを世に広めた草分けの一人となる。文学創作は、音楽を動機に据えた『騎士グルック』(1809)、『ドン・ファン』(1813)などから始まり、次々に短編を書き、これが『カロ風幻想作品集』にまとめられていく。

 26歳でポーランド女性ミーシャと結婚。30代なかば、ピアノの家庭教師で糊口(ここう)をしのいでいた時期に、生徒で14歳の少女ユーリア・マルクに恋をしたが、親の妨害、そしてユーリアが富豪商人と結婚、この体験をホフマンは悲劇的にとらえ、これがのちのち作品に表れる女性の映像に「ユーリア体験」とよばれる形でルサンティマンの暗い影を投げかけることになる。

 ホフマンの作品では、美的観念は伝統的で、ポエジーの表現はその美的感覚による幻影に化していく。そのため、物語の怪奇性と形象の幻想性とから、非合理な世界秩序を信奉し、決定論的世界観にたつ作家のように思われがちだが、実体としてはそうではない。人工的な都会文明の構造への批判や啓蒙(けいもう)主義的合理主義への批評が、イローニッシュに現実の仮面を剥(は)ぎ、人為によってはまだ解決されてない、あるいは解決されがたい現象をデモーニッシュな亡霊のような姿でえぐり出そうとしているのである。

 長編小説では『悪魔の霊液』(1815~16)や『牡(おす)猫ムルの人生観』などの代表作のほか、最後の長編『蚤(のみ)の親方』では、時の警視総監の策動に抗して、それを戯画化したメルヘン風の物語が、作者の人生観と社会観とを風刺的によく表している。当時発禁処分となったぐらいである。

[深田 甫]

ホフマンの短編

短編の多くは、次の三つの作品集に収められている。

 詩的な幻想を媒介に、この世界の事物や人間の純粋性と存在の本質を透視する『黄金の宝壺(たからつぼ)』、狂気の様式でこの世界に存在して語り続ける一楽長の手記に失恋の苦悩や音楽観を織り交ぜた『クライスレリアーナ』、モーツァルトの歌劇を聴いた瞬間の興奮と衝撃を幻想にのせて綴(つづ)る『ドン・ファン』、鏡に姿の映らなくなった男の運命を描いた『大晦日(おおみそか)の夜の椿事(ちんじ)』などを収めた『カロ風幻想作品集』(1814)。

 幻想の虜(とりこ)となり身を投げる男の話『砂男』、古城にまつわる相続争いの執念を描いた『世襲権』、そのほか、のちにオッフェンバックの歌劇で知られるようになる『ホフマン物語』の題材となった『夜景作品集』(1817)。

 自分が細工した装飾品を奪い返すために殺人鬼と化す男の二重性格と二重生活を描いた『スキュデリ嬢』、チャイコフスキーの作曲で有名な幻想的メルヘン『胡桃(くるみ)わりと鼠(ねずみ)の王さま』、ワーグナーの楽劇となる中世の『歌合戦』をはじめ、『ファルンの鉱山』『おばけの話』『不気味な客』などの物語を、聖者セラーピオンにちなむ結社を組んだ芸術好きの仲間が、日常生活に身を潜めながらも、内部から燃え上がる衝動から書き上げた作品を持ち寄っては朗読するという形式になっていて、ボッカチオの『デカメロン』に倣って全体がいわゆる「枠構造」でまとめられている『セラーピオン朋友(ほうゆう)会員物語集』(1819~21)。

 ほかに、ボードレールが「高級美学の教理綱要集」と絶賛した幻想的な小説『ブランビルラ王女』や、妖怪(ようかい)の老女に魔力を授けられて、周りの人が成し遂げたはずの功績をすっかり自分のものにしてしまい、大臣にまで成り上がっていく小男と、それに善意の魔力で対決していく小男とを、一体の表裏として描いていく『ちびのツァッヘス』などがある。

[深田 甫]

『深田甫訳『ホフマン全集』全12冊(1971~・創土社)』『池内紀編訳『ホフマン短篇集』(岩波文庫)』『松居友訳、M・ラボチエッタ絵『ホフマン物語』(1982・立風書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例