ドイ・モイ(英語表記)Doi Moi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ドイ・モイ」の意味・わかりやすい解説

ドイ・モイ
Doi Moi

ベトナム共産党が進めている改革の総称で,公式には 1986年 12月の第6回党大会が起点とされる。対内的には国家補助金制度の廃止と市場経済の導入,私有財産容認,対外的には外国投資や私企業の非国有化を保証するなど,資本主義国を含む対外関係拡大がおもな内容である。ベトナム社会主義は他の社会主義諸国の援助を前提としたため,ソ連ペレストロイカによって発想転換を余儀なくされた。第6回党大会で選出されたグエン・バン・リン指導部は,すでに一部の地域で実施されていた経済自由化策を全国規模で開始するとともに,89年9月のカンボジア占領軍の撤退により経済再建に専念しうる国際環境づくりを進めた。もっとも,ペレストロイカが「再建」を意味するのに対してドイ・モイの漢字表記は「刷新」であり,内容的には中国の「改革・開放」に近い。 89年6月の天安門事件以後,指導部は共産党一党支配の堅持を強調し,国会の権限強化を中心とする政治的民主化もその枠内で進めている。 91年6月の第7回党大会で選出されたド・ムオイ指導部は,ドイ・モイの継続発展を確認するとともに,マルクスレーニン主義ほかにホー・チ・ミン思想を指導原理に加えることによって一党支配の維持を目指している。

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