タイマ(英語表記)hemp
Cannabis sativa L.

改訂新版 世界大百科事典 「タイマ」の意味・わかりやすい解説

タイマ (大麻)
hemp
Cannabis sativa L.

中央アジア原産のアサ科一年草。古い時代から繊維を採るために栽培されてきた。単にアサとも呼ばれる。前20世紀には中東地域で栽培され,紀元前にヨーロッパや中国に伝わった。とくに中東ではハシーシュの名で広く知られる。日本には中国から渡来したとされ,弥生時代にはすでに栽培されていたらしい。インド,中国,ロシアが世界の主産国。

 葉は,細長い楕円形の小葉が3~9枚掌状に集まる複葉で,長い柄がある。茎の高さは普通2~3mである。雌雄異株で,夏に花が咲き,雌花は短い穂状につく。秋に,3mmほどの球形でやや扁平な果実が熟す。草全体に独特の悪臭がある。夏に茎を収穫し,蒸して皮をはぎ,繊維を採る。繊維は織物ロープ漁網などに使う。アサ(タイマ)を古くは〈苧(お)〉と呼んだが,皮をはいだ茎は苧殻(麻幹)(おがら)と呼び,お盆の迎え火,送り火をたくのに用い,供物に添える苧殻ばし(箸)とする。種子は苧実(おのみ)すなわち麻実で,薬味として使い,七味唐辛子に入れられている。小鳥の餌にもされる。麻の実は30%余の油を含む。搾った苧実油は食用や工業用。タイマの穂や葉などには幻覚物質が含まれているが,品種によって含有量が異なり,日本の栽培品種にはほとんど含まれていないといわれる。しかし,タイマの栽培は麻薬使用防止のために免許制とされ,一般人の栽培は禁止されている。現在は,繊維用として栃木県などで栽培されている。
執筆者: タイマはしばしばクワ科に所属させられるが,托葉は相互に合着せず,おしべは短く,花糸は曲がらないし,種子には胚乳があるのでクワ科から区別され,アサ科Cannabaceaeにまとめられる。アサ科は,タイマのほかにはカラハナソウ属Humulusを含む2属3種だけの小さな科である。花は退花的で,雌雄異花の代表的な風媒花である。
執筆者:

大麻依存症のこと。成熟したタイマの雌株の花序と上部の葉から分泌されるこはく色の樹脂を粉にしたものをハシーシュhashishと呼ぶが,栽培したタイマの花序から採ったものをガンジャganja,野生のものの花序や葉から採ったものをマリファナmarihuana(ブハングbhang)といい,後者ほど精神作用が弱い。一般にはこれらを大麻と総称する(1961年のWHOの大麻に関する用語統一による)。

 大麻の精神作用はおもに喫煙により,Δ9-テトラヒドロカンナビノール(Δ9-THC),Δ8-THC,THC酸,カンナビノール,カンナビドールなどの成分によるが,Δ9-THCがその主力であって,マリファナ・タバコ1本中に5~8mg含まれている。

 大麻喫煙の習慣があるのは,インド,ネパールイランエジプトチュニジアモロッコ,ブラジル,メキシコなどで,世界中に3億人の常習者がいるといわれたが,近年はアメリカでも1000万人が吸い始めた。

 この習慣がアフリカからヨーロッパに入ったのは,ナポレオンによるエジプト遠征ののち1810年ころ,アメリカに入ったのはその100年後,日本に入ったのは1960年代である。アメリカでの大麻喫煙は各州法に基づいて実質的解禁状態であるが,日本では大麻取締法により,大麻を売ったり,所有したり,使用したりすると5年以下の懲役となる。

 大麻を喫煙すると,身体的には頻脈,目の充血,口やのどの渇きが起きる。精神的には時間・空間感覚の変化,多幸感,ゆったりした気分,幸福で抑制の消失した開放感,注意力低下,思考がまとまらぬ,忘れっぽさ,立体感の変化,笑えてくる,被暗示性亢進などがみられる。めまい,体が軽い感じ,吐きけ,空腹感,不安なども起きることがある。大量では,思考のゆがみ,体の中断感,非現実感,視覚のゆがみ,幻覚,妄想,興奮などが起きる。精神的依存(また吸いたい気分)があるが,身体的依存(吸わないと身体的障害が起きる)はない。当初,社会的問題として論議されていた耐性上昇,別の薬物乱用への足がかりになる,犯罪の原因になる,奇形発生,自発性減退などをもたらすという有害説は否定された(大麻の有害説の否定については1967年のWHOの資料による)。まれに精神異常を誘発するが,純粋に薬理的影響というよりも喫煙時の精神変化に驚いた心理的ショックによるものらしい。
執筆者:

大麻(大麻草およびその製品)の乱用による保健衛生上の危害を防止するため,その取扱いを規制した法律(1948公布)。大麻の取扱いを繊維,種子の採取および学術研究の目的に限定し,〈大麻取扱者〉(大麻栽培者および大麻研究者)を都道府県知事の免許制にして大麻の不正取引,不正使用等を取り締まっている。本法により,大麻取扱者以外の者による大麻の所持・栽培・譲受・譲渡など,大麻取扱者などによる大麻の目的外使用,および大麻研究者が厚生大臣の許可を受けた場合以外の大麻の輸出入,大麻から製造された医薬品の施用,施用のための交付,施用を受ける行為などは禁止され,違反は処罰される。
薬物犯罪
執筆者:


出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のタイマの言及

【幻覚薬】より

…現在,幻覚薬の作用をもつとして知られている植物はほぼ100種にのぼり,その多くは新大陸で最近になって発見されたものである。ただし旧大陸においてもヨーロッパのマンドレークmandrake(Mandragora officinarum,ナス科)や熱帯アフリカのイボガiboga(Tabernanthe iboga,キョウチクトウ科),中近東のハシーシュ(Cannabis sativa,クワ科),シベリアのベニテングタケ(テングタケ)など,いくつかの植物が知られている。新大陸では,メキシコのオロリウクイ,聖なるキノコ(シビレタケ属,ヒカゲタケ属,モエギタケ属などに属するキノコ),サボテンの1種であるペヨーテ,北アメリカから南アメリカにかけて用いられるナス科のダツラDatura属やソランドラSolandra属の植物,アマゾニア地方で用いられているヤヘーyajé(Banisteriopsis caapi,B.inebriansなど,キントラノオ科)やマメ科のアナデナンテラAnadenanthera属,ニクズク科のビロラVirola属の植物がある。…

【アサ(麻)】より

…狭義にはタイマ(大麻)の別称であり,それから採れる繊維をもさす。また,広義にはタイマに類似した靱皮繊維を採る植物,およびその繊維の総称でもある。…

【麻織物】より

…天然の植物繊維である麻を使った織物。麻の種類や幹,茎,葉など採取する部分の相違によって種類,製法もきわめて多く,性能,用途も異なる。おもなものに亜麻(フラックス。織ったものをリネンと呼ぶ),苧麻(ちよま)(ラミー,カラムシともいう),大麻(ヘンプ),黄麻(ジュート,つなそともいう),マニラ麻,サイザル麻などがある。麻類はそれぞれ相違はあるが,多くは繊維細胞が集まって繊維束を形づくっており,繊維束の繊維素以外に表皮や,木質部,ゴム質,ペクチン質などを含有しているので,より細かく分繊して糸にし織物にするのが良く,ロープ,紐類などは繊維束をそのまま撚り合わせて使用する。…

【向精神薬】より

…脳に作用する薬は麻酔薬,解熱鎮痛薬,抗痙攣(けいれん)薬などたくさんあるが,選択的に精神状態に影響を与える薬全体を向精神薬という。したがって,精神病を治す薬はもちろん,精神異常を起こさせるものまでをも含む。
[向精神薬の歴史]
 精神病を薬で治したという最も古い記録はギリシア神話にみられる。プロイトスProitosの娘たちが女神ヘラの怒りにふれて精神異常になったとき,予言者メランプスがヘリボリと称する薬を飲ませ,アルカディアの泉で水浴びさせてこれを治した,という。…

【嗜好品】より

…また,タバコの汁も南アメリカでは宗教的行事のさいに飲まれることがある。古代西アジアで用いられた特異な催酔物として,タイマ(大麻)の実の煙がある。アメリカ・インディアンの部族には,アカシアの1種の実からパリカという嗅ぎタバコの一種をつくるものがある。…

【麻薬】より

…しかしその後,組織的密輸入や不正取引等が増加し取締強化が必要となったため,53年の改正において,同法の罰則が大幅に強化されるとともに,麻薬中毒者の治療のための措置入院制度が設けられた。この間,大麻に関してはタイマの栽培を免許制のもとで認めるため,1947年に大麻取締規則(1947年の厚生・農林省令)が,48年にはこれを廃止して大麻取締法(1948公布)が制定され,狭義の麻薬とは別個の規制を受けることになった。また,アヘンに関しても54年に〈あへん法〉が麻薬取締法から分離独立して制定されている。…

【薬物代謝】より

…薬物はおもに疾病の治療や予防の目的で服用されるが,薬物を受け入れる生体側は,薬物を異物とみなし,生体から速やかに排出しようとする。薬物のほとんどは尿中に排出されるが,糞便中や肺や皮膚などからも排出される。一方,薬物が高い脂溶性を有する場合は,腎臓の尿細管で再吸収されるので,尿中には投与した形の薬物としてはほとんど排出されない。この場合,脂溶性の高い薬物は,生体内の種々の酵素系によって腎臓から排出されやすい形,すなわち水溶性が大きくなる方向に極性化される。…

※「タイマ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」