アルケン(読み)あるけん(英語表記)alkene

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デジタル大辞泉 「アルケン」の意味・読み・例文・類語

アルケン(alkene)

エチレン系炭化水素

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「アルケン」の意味・わかりやすい解説

アルケン
あるけん
alkene

エチレンH2C=CH2の同族体で、一般式CnH2nで表される脂肪族不飽和化合物あるいはエチレン系炭化水素の総称。エチレン系炭化水素、オレフィン系炭化水素あるいは単にオレフィンともいう。命名法では同数の炭素原子をもつ飽和炭化水素の名称の語尾-ane(アン)を-ene(エン)に変える(プロペン、ブテンなど)が、慣用名では、同数の炭素原子をもつアルキル基の名称に-eneをつける(エチレン、プロピレンなど)。

[徳丸克己]

構造

分子内に炭素‐炭素二重結合(エチレン結合)C=Cを1個有し、その結合の長さは134ピコメートル程度で、アルカンの単結合154ピコメートルよりも短いが、アルキンの三重結合120ピコメートルよりは長い。アルケンの二重結合とそれらの炭素のそれぞれに結合する計4個の原子とは、一般に平面形の配置をとる。たとえば、二重結合のそれぞれの炭素に1個ずつの水素とメチル基-CH3の結合した2-ブテンは、二重結合とそれに隣接する原子が平面型の配置をとるので、二つの構造をもつ()。

 すなわち、二つのメチル基CH3-が二重結合に対して同じ側にあるシス型と反対側にあるトランス型である。二重結合の周りの回転はおこりにくいので、シス型とトランス型とはそれぞれ安定な異性体として存在する。ただし、紫外線照射下では二重結合の周りの回転がおこるので、トランス型とシス型との間の異性化がおこる。アルケンの二重結合は1組のσ(シグマ)結合と1組のπ(パイ)結合からなる。

[徳丸克己]

性質・存在

アルケンのうち炭素数4以下のものは室温で無色の気体であるが、それ以上の炭素数のものは液体であり、さらに炭素数が増えると、だいたい炭素数16くらいから固体となる。一般に、水には溶けにくいが、ベンゼンなどの有機溶媒にはよく溶ける。

 エチレンやプロピレンなどは天然ガスにも含まれており、また石油の精製の過程でも生ずるが、これらは原油留分のうちのナフサや灯油の熱分解(クラッキング)により工業的に多量に製造されている。また種々のアルケンが天然の動植物中にも存在する。一つの分子中に二重結合を2個もつものをジエンとよぶが、そのなかでもイソプレンCH2=C(CH3)CH=CH2が頭と尾で順次連結した基本骨格(C5H8)nをもつ化合物はテルペンと総称され、植物体に広く分布している。

[徳丸克己]

製法

一般にアルケンをつくるには、相当するアルコールを酸あるいは触媒と処理して脱水させる。


[徳丸克己]

反応性

アルケンには二重結合があり、それがπ結合を含むので、さまざまな試薬により付加を受ける。そのため、アルケンを原料として種々の物質をつくることができる。なかでもエチレンは各種の化学製品の基本的な原料であるため、その価格が各種の製品の価格に大きな影響を与える。

 アルケンは触媒上で水素の付加を受け、飽和炭化水素(アルカン)となる。


 天然の油脂の成分として存在する不飽和脂肪酸のグリセリンエステルの二重結合を水素化して飽和脂肪酸とする過程は、硬化油やマーガリンの製造に際して利用されている。

 塩素や臭素はアルケンに容易に付加する。臭素の四塩化炭素溶液にアルケンを加えると、臭素がアルケンと反応してすぐにその赤い色が消えるので、古くからアルケンの実験室での検出に利用されてきた。

 水も酸触媒の存在下でアルケンに付加し、アルコールを生ずる。たとえば、石油から得たエチレンに水をリン酸存在下加圧下で付加させエタノールエチルアルコール)を製造する。プロピレンからは同様に2-プロパノールイソプロピルアルコール)が得られる。


 またベンゼンなどの芳香族化合物とは塩化アルミニウムあるいはリン酸のフッ化ホウ素系の触媒などの存在下で反応し、エチレンからはエチルベンゼン、プロピレンからはクメンが得られる。エチルベンゼンは脱水素によりスチレンに導きポリスチレンの原料となり、またクメンを酸素で酸化してフェノールとアセトンがつくられる。

 アルケンにオゾンを作用させ生成したオゾニドを処理すると、アルケンの二重結合が酸化開裂して生じたカルボニル化合物アルデヒドあるいはケトン)が得られる。この方法はアルケンの構造を決定するための重要な反応として利用されてきた。


[徳丸克己]

アルケンの工業的利用

現在では、石油から得られたアルケンを、空気または酸素により種々の条件下で酸化して、種々の有用な物質を製造している。たとえば、化学工業の中間体として重要なアセトアルデヒドは、かつては石炭を原料としてカーバイドを得、これからアセチレンをつくり、これを水銀塩触媒を用いて水と反応させて製造していたが、石油が基幹の原料となるにしたがい、石油の分解で得られるエチレンを塩化パラジウムを触媒として酸素酸化してアセトアルデヒドを製造するようになった(ヘキスト‐ワッカー法という)。また合成繊維に利用されるポリアクリロニトリルの原料のアクリロニトリルも同様である。これも従来は、石炭から得たアセチレンとシアン化水素から製造されていたが、現在では石油から得たプロピレンを酸素とアンモニアと複合した金属酸化物の触媒存在下に反応させて製造される。またエポキシ樹脂の原料であるエポキシエタン(酸化エチレン、エチレンエポキシドともいう)も現在ではエチレンを銀触媒存在下に酸素酸化して製造される。

 さらに、アルケンを原料とする重要な過程は、重合による重合体(ポリマー)の製造である。得られた重合体は合成繊維やプラスチックの材料として広く利用される。たとえば、エチレンからはポリエチレンが得られるが、重合を行うときの圧力や触媒の種類により性質の異なるものが得られる。たとえば、1000~2000気圧の高圧下では、透明度が高く加工しやすいが、鎖の枝分れが多いため熱には弱いポリエチレンが得られる。他方、触媒を用いて常圧あるいは低圧で重合させると、不透明で強度が高く耐熱性、耐寒性の高いポリエチレンが得られる。


さらに、プロピレンを重合させるときは、触媒の選択により、いわゆる立体規則的なポリプロピレンを製造することができる。

[徳丸克己]

共役ジエンと共役ポリエン

一つのアルケン分子に二つの二重結合が単結合を挟んで存在するアルケンを共役ジエンという。1,3-ブタジエンCH2=CHCH=CH2やイソプレン(2-メチル-1,3-ブタジエン)CH2=C(CH3)CH=CH2はその代表的な例である。これらは通常のアルケンよりもはるかに重合しやすく、それぞれポリブタジエンやポリイソプレンとよばれるゴム状の性質をもった重合体を生ずる。とくに後者は天然ゴムとほぼ同じ構造をしている。またブタジエンはスチレンやアクリロニトリルとともに重合させて重合体を製造する。これらの重合体は合成ゴムとして利用される。

 一般に二重結合が単結合を挟んで数多く連なったものは共役ポリエンとよばれ、炭素鎖が長くなると色がついてくる。β(ベータ)-カロチンはこのような共役した二重結合を11個もつ。ニンジンの赤い色の色素はβ-カロチンである。ビタミンAはβ-カロチンの分子を半分に切断した形で共役した二重結合5個をもつが、無色である。

[徳丸克己]

『伊与田正彦編著、山村公明・森田昇・吉田正人著『基礎からの有機化学』(2003・朝倉書店)』『日本化学会編『実験化学講座13 有機化合物の合成1 炭化水素・ハロゲン化物』第5版(2004・丸善)』『水野一彦・吉田潤一編著『有機化学』(2004・朝倉書店)』『J・マクマリー著、児玉三明・荻野敏夫・深沢義正・通元夫他訳『マクマリー有機化学 上』第6版(2005・東京化学同人)』


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改訂新版 世界大百科事典 「アルケン」の意味・わかりやすい解説

アルケン
alkene

二重結合一つをもつ脂肪族鎖式不飽和炭化水素の一般名。一般式CnH2nで表される一群の化合物で,オレフィンolefin,オレフィン系炭化水素,エチレン系(エチレン列)炭化水素などとも呼ばれる。古くから用いられていたオレフィンの名称は,気体アルケンが塩素と反応して油状物質をつくることから,ラテン語の〈油oleumをつくる物質〉に由来する(かつてエチレンC2H4は生油気olefiant gasと呼ばれた)。骨格をつくる炭素原子のうちの2個は二重結合で結ばれているが,他の炭素間結合はすべて単結合である。このため,分子式は同数の炭素原子を含むアルカンに比べて水素が2原子だけ少ない。IUPAC命名法では,対応するアルカンの語尾〈アンane〉を〈エンene〉に変えて命名するが,エチレン,プロピレンのような慣用名を用いてもよい。二重結合の位置は位置番号によって示される。n=4以上のアルケンには骨格の違いによる異性体のほかに,二重結合のまわりのアルキル基の配列の違いによる幾何異性体がある。幾何異性体は接頭語シスcis,トランスtransまたはZEによって区別される。

アルケンの沸点,融点,溶解度などの物理的性質は対応するアルカンによく似ている。分子量の小さいものは天然ガス,中位のものはアメリカ産石油に含まれている。工業的にはアルカンの脱水素で製造する。二重結合が存在するため化学反応性は高く,(1)ハロゲン,水素,ハロゲン化水素等の付加,(2)酸化剤による二重結合の切断やエポキシドの生成(エポキシ化),などの反応を行う。臭素の四塩化炭素溶液,過マンガン酸カリウムの脱色はアルケンの検出反応に用いられる。
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化学辞典 第2版 「アルケン」の解説

アルケン
アルケン
alkene

エチレン系炭化水素,オレフィンともいう.一般式CnH2n(n = 2,3,4,…)で表される脂肪族不飽和炭化水素の総称.IUPAC命名法では,同数の炭素原子をもつ飽和炭化水素の名称のアン(-ane)をエン(-ene)にかえる(プロペン,ブテン,ペンテンなど).相当する飽和一価アルコールの脱水,ハロゲン化アルキルの脱ハロゲン化水素などにより生成し,その沸点は相当する飽和炭化水素よりも一般に高い.

アルケンの二重結合は反応性に富んでいて,水素,塩素,臭素,ハロゲン化水素,硫酸,次亜塩素酸などが付加する.また,オゾンの作用によりオゾニドを生じ,これを水で分解することにより,アルデヒドやケトンを得ることができる(オゾン分解).

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百科事典マイペディア 「アルケン」の意味・わかりやすい解説

アルケン

エチレン系炭化水素

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栄養・生化学辞典 「アルケン」の解説

アルケン

 オレフィン,エチレン列炭化水素ともいう.分子内に一つの二重結合をもつ脂肪族炭化水素.エチレン,プロピレンなど.

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アルケン」の意味・わかりやすい解説

アルケン

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世界大百科事典(旧版)内のアルケンの言及

【ザイツェフ則】より

…脱離反応によって生成するアルケンの構造を予測する経験則。セイチェフ則Saytzeff ruleともいう。…

※「アルケン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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