日本大百科全書(ニッポニカ) 「アルデヒド」の意味・わかりやすい解説
アルデヒド
あるでひど
aldehyde
アルデヒド基-CHOをもつ化合物の総称。一般式RCHOで示される。ケトン類RCOR'と同じくカルボニル基=Oをもっているので、アルデヒドとケトンでは性質に多くの類似点がみられる。
-CHO以外に他の官能基をもつもの、たとえばアミノ基をもつアミノアルデヒド、ケトン基をもつケトアルデヒドなどがある。
[廣田 穰・末沢裕子]
命名法
国際的なIUPAC命名法では、骨格となる同じ炭素数の炭化水素名の語尾-e(無音)を-al(アール)に変えて命名する。たとえばCH3(CH2)5CHOはヘプタンheptaneが骨格炭化水素であるから、ヘプタナールheptanalとなる。また、慣用名もよく使われていて、この場合には炭素が同数のカルボン酸名の語尾-ic acid(酸)を-aldehyde(アルデヒド)に変えて命名する。HCHOの場合はギ酸HCOOH(formic acid)からホルムアルデヒドformal deyde、CH3CHOの場合は酢酸CH3COOH(acetic acid)からアセトアルデヒドacetal dehydeと命名される。
[廣田 穰・末沢裕子]
存在
炭素数が6~15程度のアルデヒドのいくつかは植物油中に存在する。また、代表的な芳香族アルデヒドのベンズアルデヒドは配糖体の形でウメ、モモなどバラ科の植物の種子中に存在する。この種の配糖体は植物を細かく砕くと、分解してシアン化水素(青酸)を発生するので有毒である。たとえば、アンズの種子に含まれるアミグダリンは、加水分解すると、ベンズアルデヒドとシアン化水素とグルコース(ブドウ糖)になる。
ウメ、モモ、アンズなどの種子を食べると有毒であるといわれるのはこのためである。芳香族アルデヒドのなかには、シンナムアルデヒド、バニリンのように植物精油中に存在し、香料となるものがある。
[廣田 穰・末沢裕子]
合成法
アルデヒドを合成するには次の方法がとられる。
(1)第一アルコールの酸化 第一アルコールRCH2OHを酸化して炭素数が等しいアルデヒドを合成するには、酸化が進みすぎてカルボン酸RCOOHになってしまわないように注意して行う必要がある。
そのためには銅を触媒とした空気酸化が適当で、クロム酸による酸化も注意して行えば、アルデヒドの段階で止めることができる。空気酸化の方法は工業的にメタノール(メチルアルコール)を酸化してホルムアルデヒドをつくるのにも応用されている。この反応では形式的には第一アルコールRCH2OHから水素分子H2が脱離してアルデヒドRCHOが生成しているので、「脱水素されたアルコール」を意味するラテン語alcohol dehydrogentusを短縮して、アルデヒド(ドイツ語でAldehyd、英語でaldehyde)の名前がつけられている。命名者はドイツの有機化学者リービヒである。
(2)酸塩化物の還元 この方法はローゼンムント還元Rosenmund reductionとよばれていて、活性を弱めたパラジウム触媒を用いて気体の水素で還元する。この触媒に含まれている硫酸バリウムBaSO4は、触媒の活性を弱めて、さらに水素化反応が進んでアルコールになるのを防ぐ役目を果たしている。
このほかに芳香族アルデヒドの合成には、芳香環についているメチル基CH3-を酸化する方法がある。工業的には、塩化パラジウムを触媒として末端アルケンに水を付加させアルデヒドを合成する方法(ヘキスト‐ワッカー法)が利用されていて、この方法によりエチレンからアセトアルデヒドが合成されている。他の工業的なアルデヒド合成法としては、触媒を用いてアルケンの二重結合に対して水素と一酸化炭素を付加させるヒドロホルミル化(オキソ法)がある。
[廣田 穰・末沢裕子]
性質
ホルムアルデヒド、アセトアルデヒドなどの炭素数が少ない脂肪族飽和アルデヒドは、刺激臭をもつ気体または液体で、水に溶ける。炭素鎖の長さが6~9個のアルデヒドは芳香をもつので、香料として使われているが、さらに炭素鎖の長いものは、水に溶けない固体である。芳香族アルデヒドも芳香をもつものが多い。
アルデヒドは酸化されてカルボン酸になりやすく、空気中の酸素によっても酸化される点がケトンと異なるが、カルボニル基が付加化合物を生成する点やカルボニル試薬と反応する点は、ケトンに類似している。アルデヒドの反応性としては大きく分けて、カルボニル基のC=O二重結合に共通な反応と、アルデヒド基が自らは酸化されて他の化合物を還元しやすい性質による反応の2種類がある。前者はケトンと共通な反応であるが、一般にアルデヒドのほうが反応性に富む。後者はアルデヒドに特有で、ケトンにはみられない反応であり、アルデヒドとケトンを区別するのに用いられる。
(1)アルデヒドの重合反応 アルデヒドのC=O二重結合が付加重合して環状多量体を生ずる反応や、鎖状の高分子を生ずる反応が知られている(
)。(2)いろいろな付加反応 カルボニル基=Oは酸素が負電荷をもち、炭素が正電荷をもつように分極しているので、シアン化水素の付加ではシアンヒドリンが、グリニャール試薬の付加では第二アルコールRR'CHOHができる。
アルデヒド(およびケトン)のカルボニル基はヒドラジン、フェニルヒドラジン、セミカルバジド、ヒドロキシルアミンなどと縮合反応をおこして、ヒドラゾン、フェニルヒドラゾン、セミカルバゾン、オキシムなどのC=N二重結合をもつ化合物を生ずる。これらの化合物は結晶として得られるので、アルデヒドやケトンが存在することを確かめる定性分析に利用されている。
(3)アルデヒドの酸化と還元 アルデヒドは還元すると第一アルコールになり、酸化するとカルボン酸になる。アルデヒドは比較的酸化を受けやすく、ベンズアルデヒドなどは空気中の酸素によっても徐々に酸化される。このように酸化を受けやすいので、他の物質を還元する性質をもっている。そのため、アルデヒドを検出するには、フェーリング液、銀鏡反応などで還元性を調べ、カルボニル試薬との反応と組み合わせてアルデヒドであることを確かめる。アルデヒドを、金属触媒を用いる水素添加反応、水素化物を用いる還元反応によって還元すると第一アルコールアルデヒドRCHOを、金属触媒を用いる水素添加反応、金属水素化物を用いる還元反応により還元すると第一アルコールRCH2OHになる。しかし、亜鉛と塩酸により還元すると炭化水素RCH3になり( )、この反応をクレメンゼン還元Clemmensen reductionという。
[廣田 穰・末沢裕子]
『日本化学会編『実験化学講座21 有機合成3 アルデヒド・ケトン・キノン』第4版(1991・丸善)』▽『日本化学会編『実験化学講座15 有機化合物の合成3 アルデヒド・ケトン・キノン』第5版(2003・丸善)』▽『Saul PataiThe chemistry of the carbonyl group(1966, Interscience Publishers, London and New York)』