鳥屋崎浜(読み)とやざきはま

日本歴史地名大系 「鳥屋崎浜」の解説

鳥屋崎浜
とやざきはま

[現在地名]亘理町逢隈高屋・荒浜 鳥屋崎

本村高屋こうや村の東、とりうみに面してある。「鳥屋崎浜安永風土記」では田三貫六七二文・畑一貫四九一文で、うち蔵入地は二貫二七二文(すべて新田)、残りは亘理伊達氏の知行地(うち新田二貫二九二文)。人頭二八人のうち寛永一九年(一六四二)の竿答百姓二〇人、百姓家数三一(うち名子一・水呑二)、男九九・女六四、馬七。一ッ橋ひとつばしには享保一七年(一七三二)に建てられた御穀改番所があった。当地は仙台藩における製塩業の発祥地で、高須賀たかすか箱根田はこねだ浜・長瀞ながとろ長瀞浜・吉田よしだ大畑おおはた浜とともに亘理四ヵ浜と通称される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報