高山社跡(読み)たかやましゃあと

国指定史跡ガイド 「高山社跡」の解説

たかやましゃあと【高山社跡】


群馬県藤岡市高山にある産業施設跡。明治時代に高山長五郎が、清温育(せいおんいく)と呼ばれる養蚕(ようさん)方法の開発とその普及教育を行った高山社遺跡。清温育とは、それまでの自然に任せた清涼育と人工的に温湿度を管理した温暖育を折衷したもので、蚕の成育状況に合わせて蚕室の温度調整や換気を行う優れた飼育方法として、一時期全国標準の養蚕法となった。長五郎は1870年(明治3)に養蚕改良に取り組み、1884年(明治17)に養蚕改良高山社を設立して社長に就任し、2年後に没するが、高山社はその後も発展し、蚕業学校を開設して清温育の普及に努め、全国から生徒を受け入れ、指導者の全国派遣などを行った。江戸時代末から明治時代前半に建てたと考えられる母屋長屋門、賄小屋、外便所などの建物や桑貯蔵庫が残っており、わが国近代の養蚕業の発展を理解するうえで貴重であることから、2009年(平成21)に国の史跡指定された。JR八高線群馬藤岡駅から車で約20分。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報

事典 日本の地域遺産 「高山社跡」の解説

高山社跡

(群馬県藤岡市高山竹之本236-1外)
ぐんま絹遺産」指定の地域遺産〔第23-26号〕。
養蚕飼育法である「清温育」を確立した高山長五郎が設立した養蚕教育機関・高山社。国指定史跡

出典 日外アソシエーツ「事典 日本の地域遺産」事典 日本の地域遺産について 情報