馬越郷(読み)まこしごう

日本歴史地名大系 「馬越郷」の解説

馬越郷
まこしごう

北西流する川内せんだい川北東岸にあり、現菱刈町の北半中央部を占める。郷の西半分は川内川流域に面した低地帯を中心とした稲作地帯、山岳地帯の東部は畑作地帯となっていた。

〔中世〕

保元元年(一一五六)後白河天皇より菱刈両院(太良院・牛屎院)七〇〇余町を与えられた菱刈氏の祖重妙は、建久五年(一一九四)京都より下向太良たら城を居城とし、馬越城に庶長子太郎重隆を配したと伝える(「藤原姓菱刈氏系図」菱刈文書)。南北朝期には菱刈氏一族馬越氏が馬越城にあって一帯を支配していたとみられる(応安八年四月「菱刈重遠目安状写」曾木文書など)。永和三年(一三七七)一〇月二八日、島津氏に対抗して南九州の国人間で結ばれた一揆(永和大一揆)には、馬越の対馬守高黄(高広か)が加わっていた(「一揆神水契状案」禰寝文書)。文明六年(一四七四)菱刈宗家元隆の三男氏重が馬越氏を継承、さらに氏重は菱刈宗家をも継承した(藤原姓菱刈氏系図)。永禄一〇年(一五六七)一一月二四日馬越城は島津氏により攻略され、城将井手籠駿河守重之、その子兵部少輔重房ら一〇〇余人が討死した(「新納忠元勲功記」など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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