青岡村(読み)あおかむら

日本歴史地名大系 「青岡村」の解説

青岡村
あおかむら

[現在地名]大野原町青岡

柞田くにた川の中流域の沿岸部、中姫なかひめ村の北に位置する。「西讃府志」によれば伊予国宇摩うま郡の人が延宝元年(一六七三)開墾したことに始まるという。「三豊郡史」は元禄一〇年(一六九七)の国絵図作成時の覚書根拠に、熊岡左吉右衛門・舟江金兵衛の両名が万治二年(一六五九)より開墾を始めたとする。元禄一〇年の開墾面積は三三町六反余、高二一九石、家数五三であった。宝暦一一年(一七六一)の巡見使案内諸事覚書(佐伯文書)によると反別三三町四反余・高二一八石余、うち新開畑八反余・高三石五斗余。元禄一〇年段階において当村の基本的な開墾は既に完了していたと考えられる。物成高六七石余、夏成麦は大麦・小麦合計一九石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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