豊鍬入姫命(読み)トヨスキイリヒメノミコト

デジタル大辞泉 「豊鍬入姫命」の意味・読み・例文・類語

とよすきいりひめ‐の‐みこと【豊鍬入姫命/豊鉏入日売命】

崇神天皇皇女最初斎宮いつきのみやと伝えられる。

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朝日日本歴史人物事典 「豊鍬入姫命」の解説

豊鍬入姫命

古事記』『日本書紀』崇神天皇の皇女。母は,紀伊国(和歌山県)の荒河戸畔の娘,遠津年魚眼眼妙媛。豊城入彦命の妹。崇神6年,天皇が皇居内に並び祭っていた天照大神(アマテラスオオミカミ)と倭の大国魂神の神威を畏れて2神を他所で祭ろうとしたとき,アマテラスの祭祀を託され,倭の笠縫の村に神籬(神が降臨する特殊な場)を立てて,これを祭った。垂仁25年,アマテラスをこの姫から離して垂仁天皇皇女の倭姫命に託したところ,倭姫は大神の導くに従い,その祠を伊勢国(三重県)に立てたという。アマテラスの伊勢鎮座までの祭祀を担った女性。笠縫の村は,桜井市三輪檜原神社境内であるとする説が有力。

(寺田恵子)

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百科事典マイペディア 「豊鍬入姫命」の意味・わかりやすい解説

豊鍬入姫命【とよすきいりひめのみこと】

崇神天皇の皇女。天皇はその殿内に天照大神をまつることを畏(おそ)れ,姫に大神を託して,宮中から倭(やまと)の笠縫邑(かさぬいのむら)に遷祭させたと《日本書紀》にある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「豊鍬入姫命」の解説

豊鍬入姫命 とよすきいりひめのみこと

記・紀にみえる崇神(すじん)天皇の皇女。
母は遠津年魚眼眼妙媛(とおつあゆめまくわしひめ)。豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)の妹。「日本書紀」によれば,崇神天皇6年天皇の命をうけ,それまで宮殿内にまつられていた天照大神(あまてらすおおみかみ)を倭(やまと)の笠縫邑(かさぬいのむら)にうつし,垂仁(すいにん)天皇25年に大神が伊勢(いせ)にうつるまで祭祀を担当した。「古事記」では豊鉏入日売命。

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世界大百科事典(旧版)内の豊鍬入姫命の言及

【崇神天皇】より

…この天皇が記紀の伝承の中で特に目だつ点は,大物主(おおものぬし)神をはじめとしてもろもろの国津神(くにつかみ)を祭り,また伊勢神宮の創始に関係したとされることである。《日本書紀》によると,それまで天皇と共殿共床の関係にあった天照大神(あまてらすおおかみ)を豊鍬入姫(とよすきいりひめ)命に託して宮廷の外に移し,いわゆる神人分離の基をつくった。トヨスキイリヒメは《古事記》に〈伊勢大神を拝(いつ)き祭る〉と記され,初代の斎宮(さいぐう)であるという。…

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