西上原村(読み)にしうえはらむら

日本歴史地名大系 「西上原村」の解説

西上原村
にしうえはらむら

[現在地名]甲山町西上原

甲山町の北に位置し、大田おおた(現芦田川)北岸の低地と、北西にい(六三五メートル)に連なる山地が形成する谷々を主な村域とする。もと大田桑原くわばら方の西端にあたる。南の甲山町から北の赤屋あかや村へ石見路(赤名越)が通じる。北部山地には中山なかやま古墳をはじめ多くの古墳が築造され、大田川北岸の平坦部には条里制の遺構がみられる。

永万二年(一一六六)二月日付備後国大田庄立券文案(高野山文書)桑原の項に、「上原村田肆町伍段」と「上原村畠」の内訳が記される。文治元年(一一八五)八月吉日付湯浅宗光宛行状(「閥閲録」所収湯浅権兵衛家文書)に大田上原郷ひがし村の名がみえ、当村は西にし村と称されたと考えられる。建久元年(一一九〇)六月日付僧鑁阿置文(高野山文書)には、別作田として「上原ノ曾部牛」がみえ、建保六年(一二一八)三月一一日の備後国大田庄上原村公文代供給米徴符(同文書)によると、高野方供給米は上原村官物田五九町二反一三〇歩の段別二升で、福富ふくとみ二石七斗三升九合以下、五三名を合わせて一一石八斗五升九合であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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