蔭山東門(読み)かげやま・とうもん

朝日日本歴史人物事典 「蔭山東門」の解説

蔭山東門

没年:享保17.5.12(1732.6.4)
生年:寛文9(1669)
江戸中期の儒学者・数学者。名は元質,字は淳夫,通称は源七,東門は号。紀伊国和歌山城下(和歌山市)の町人の家に生まれる。元禄4(1691)年,京都で山崎元貞の紹介を受けて伊藤仁斎に入門し,古義学を学ぶ。兼ねて和算をも修得。正徳3(1713)年,和歌山藩主徳川吉宗が講釈所(のち講堂)を設けたとき,儒者として召し抱えられて,同門の荒川天散や木下順庵門下の祇園南海と共に儒書を講じた。博覧強記であり,また,町人の出ではあるが,武士気質にすぐれた人物と評された。主著『田禄図経』。

(三宅正彦)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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