日本大百科全書(ニッポニカ) 「芭蕉(能)」の意味・わかりやすい解説
芭蕉(能)
ばしょう
能の曲目。三番目物。五流現行曲。金春禅竹(こんぱるぜんちく)作。中国の湘水(しょうすい)の山中、日夜『法華経(ほけきょう)』を読経する僧(ワキ)のもとに、1人の女性(前シテ)が現れ、経の聴聞を願い、草木成仏のいわれを尋ね、自分は芭蕉の精であることをほのめかして消える。夜もすがら読経する僧の前にふたたび姿をみせた芭蕉の精(後シテ)は、仏を賛美し、芭蕉が人生のはかなさを象徴していることを語り、四季の推移を舞い、秋風とともに消えていく。晩秋の季節を背景に、寂しい中年の女性の姿を借りて、無常感そのものを舞台に造形する。きわめて高度な能であり、もっとも抽象化を果たした演劇の例といえる。『法華経』の草木成仏の思想を軸に、王摩詰(おうまきつ)(王維(おうい))が雪の中の芭蕉を描いたという故事を踏まえた、禅竹独特の世界であり、また能だけが可能とした世界である。
[増田正造]
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