美馬町(読み)みまちよう

日本歴史地名大系 「美馬町」の解説

美馬町
みまちよう

面積:四六・四四平方キロ

郡の北西端を占める。東はわき町、南は東流する吉野川を挟んで貞光さだみつ町・半田はんだ町、西は三好みよし三野みの町、北は讃岐山脈の山並を境に香川県仲多度なかたど琴南ことなみ町・香川郡塩江しおのえ町。町域の北部には讃岐山脈最高峰の竜王りゆうおう(一〇五九・九メートル)三頭さんとう(七三四・二メートル)などの山々が連なる。これらの山々を水源とする涸谷の野村谷のむらだに川・鍋倉谷なべくらだに川・中野谷なかのだに川・高瀬谷こうぜたに川などが南流して吉野川に注ぐ。北部山地の南にこれらの諸河川が形成した扇状地、一部吉野川の河岸段丘が続き、その南の最南部は吉野川の沖積平野(氾濫原)である。町の南部を主要地方道鳴門―池田いけだ線が横断、徳島市―つるぎ山方面―香川県域と結ぶ国道四三八号がほぼ中央部を縦断する。

町域では現在約三〇ヵ所の遺跡が確認されており、県内では遺跡の密集する地域といえよう。遺跡の大部分は吉野川を見下ろす河岸段丘上に分布している。しかし郡里こおざと地区の字高畑たかばたけ宗重むねしげ重清しげきよ地区の字高篠たかしの中通なかどおりなど、吉野川沿いの沖積地でも地表下一メートル以下の所で土師器須恵器が出土した記録が残っており、沖積地上には未発見の遺跡が数多く埋没していると考えられる。旧石器時代の遺跡では坊僧ぼうそう遺跡東段ひがしだん地区で国府型ナイフ形石器製作に伴う石器・剥片のブロックが三ヵ所で検出されている。石材は香川県国分寺こくぶんじ国分台こくぶだい周辺産のサヌカイトであり、当時の石器製作技術を知るうえで良好な資料である。ほかに滝の宮たきのみや遺跡でもナイフ形石器が出土している。縄文時代の遺跡では野村谷川右岸薬師やくし遺跡の薬師地区で後期の屋外炉が検出されている。また薬師遺跡芝坂しばさか地区では晩期の突帯文土器を大量に出土した埋没谷が見つかり、段丘上位面の蕨草わらびくさ周辺に縄文集落の存在が予想される。荒川あらかわ遺跡でも縄文中期から晩期にかけての土器が多量に出土し、段丘上位面に集落の存在が予想される。弥生時代の遺跡としては竪穴住居跡七軒を検出した吉水よしみず遺跡や後期の竪穴住居跡を検出した荒川遺跡があるが、まとまった集落跡は確認されていない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報