粟飯原清胤(読み)あいはら きよたね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「粟飯原清胤」の解説

粟飯原清胤 あいはら-きよたね

?-? 南北朝時代武将
室町幕府奉行人貞和(じょうわ)3=正平(しょうへい)2年(1347)政所(まんどころ)執事となる。足利直義(ただよし)の高師直(こうの-もろなお)殺害計画の失敗は清胤の変心によるといわれる。法名は道最。

粟飯原清胤 あわいはら-きよたね

あいはら-きよたね

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の粟飯原清胤の言及

【粟飯原氏】より

…この粟飯原次郎は桓武平氏千葉氏から分出して千葉氏被官となった粟飯原氏の一族である。(3)さらに以上の2氏との関係は不明であるが,鎌倉時代の京都六波羅奉行人の系譜をひくと思われる粟飯原清胤が,室町幕府政所執事・引付奉行として活躍しており,その子直胤も奉行人となったほか,幕府奉公衆に編成されたものの中にも粟飯原姓が多い。【外岡 慎一郎】。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」