竜王山城跡(読み)りゆうおうざんじようあと

日本歴史地名大系 「竜王山城跡」の解説

竜王山城跡
りゆうおうざんじようあと

[現在地名]天理市柳本町・藤井

背後に大和高原を控え、西面に大和平野を一望に収める竜王山頂にあり、標高五二一メートルのきたん城を本城とし、標高五八五・七メートルのみなん城を詰の城とする城郭で、土居空堀などの跡をよく残している。「国民郷士記」に「十市兵部大輔遠忠釜口ノ上竜王山ニ城ヲ構知行六万石」とあり、応永六年(一三九九)十市弾正左衛門が大内義弘に応じた時にこの城を築いたと伝えるが、実際は天文年間(一五三二―五五)十市遠忠の築城にかかる。

永正四年(一五〇七)国一揆の時に「釜口の上カカリ焼」(多聞院日記)があったことからすると、山頂になんらかの施設がすでにあったのであろう。

竜王山城跡
りゆうおうざんじようあと

[現在地名]鴨方町六条院西、寄島町 中安倉

寄島よりしま町との境をなす竜王山山頂にあり、一の丸・二の丸・三の丸跡がある。「備中府志」「吉備温故秘録付録などによれば建武年中(一三三四―三八)には頓宮次郎・同孫三郎が居城、天文(一五三二―五五)より慶長年中(一五九六―一六一五)まで細川通董・同庄九郎が拠った鴨山かもやま城の出城であったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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