日本歴史地名大系 「稲附村」の解説 稲附村いねつけむら 長野県:上水内郡信濃町稲附村[現在地名]信濃町大字大井(おおい)現信濃町の西南部。東は宮(みや)ノ越新田(こししんでん)村と枝郷の石橋新田(いしばししんでん)村、南は枝郷の高山新田(たかやましんでん)村、西は霊仙寺(りようせんじ)山腹、西北は板橋新田(いたばししんでん)村、北は御領新田(ごりようしんでん)村に接する。霊仙寺山麓の東北端に位置し、北方へ緩傾斜する。北国脇往還の脇道坂中(さかなか)道に沿った村で、字中町(なかまち)・古町(ふるまち)を中心に集落をなす。天正八年(一五八〇)一二月二九日付城昌茂あての武田勝頼宛行状(「古文書」内閣文庫蔵)に、沼津在陣中の軍功を賞して「仍信州河北之内稲附・辻屋分百貫文之所出置候」とみえるのが初見。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報