真性赤血球増加症(真性多血症)

内科学 第10版 の解説

真性赤血球増加症(真性多血症)(赤血球系疾患)

定義・概念
 真性赤血球増加症(真性多血症)は多能性造血幹細胞レベルでの腫瘍化によって生じた疾患で,慢性骨髄性白血病,本態性血小板血症,原発性骨髄線維症とともに骨髄増殖性腫瘍に分類されている.白血球数や血小板数に比して赤血球数の増加が顕著で,JAK2チロシンキナーゼ遺伝子変異をほとんどの症例で認める.
疫学
 わが国の年間発症率は人口10万対2で,欧米より少なく,診断時年齢は50~60歳代が多く,男性に多い.ほぼ半数の症例が検診などで偶然に発見されるが,心筋梗塞や脳梗塞の発症を契機に診断されることもある.
病因・病態生理
 JAK2チロシンキナーゼ遺伝子変異が本症の発症に深く関与している.エリスロポエチンEPO)などのサイトカインの細胞内シグナル伝達に中心的な役割を担うのがJAK2チロシンキナーゼで,ブレーキに相当する領域に変異があるために高いチロシンキナーゼ活性を有する.赤血球系前駆細胞はEPOやインスリン様成長因子1などの赤血球造血促進因子に対して高い感受性を示し,赤血球増加症をきたす.
臨床症状
 総血液量の増加と血液粘度の上昇による血流うっ滞が症状の原因で,頭痛,頭重感,めまい,赤ら顔(深紅色の口唇,鼻尖),深紅色の手掌,眼瞼結膜や口腔粘膜の充血などがみられる.高血圧症,血栓症,塞栓症,血小板機能異常による易出血性がみられるが,血小板増加を伴う症例ではさらに肢端紅痛症(erythromelalgia)がみられることがある.肢端紅痛症は発赤と熱感を伴う手足の灼熱痛で,特に下肢で起こりやすく,非対称性の場合もある.起立,運動などが誘因となり,足の挙上,冷却などの処置で軽快する.病理的には平滑筋細胞の増殖によって血管内腔が狭小化した小動脈炎で,しばしば血小板血栓によって血管内腔が閉塞している.痛風発作もしばしばみられる.皮膚瘙痒感もしばしばみられ,特に入浴後に生じやすい.これは増加した好塩基球から放出されたヒスタミンによるもので,そのほかに皮膚発赤もみられる.高ヒスタミン血症による消化性潰瘍もみられる.脾腫は70%の症例に認める.
検査成績
1)末梢血所見:
赤血球数は著しく増加するが,小球性低色素性を呈することも多い.これは亢進した赤血球造血に鉄の供給が追いつかないことや高ヒスタミン血症による慢性消化管出血などで慢性的な鉄欠乏状態に陥っていることによる.好中球の絶対的増加が2/3の症例にみられるが,好塩基球の増加も同程度にみられる.血小板増加は約半数の症例でみられ,100万/μLをこえる症例も10%程度みられる.ADP,アドレナリン,コラーゲンによる血小板凝集能の低下などの血小板機能異常や血小板活性化作用を有するトロンボキサンA2合成能の亢進が認められる例がある.通常プロトロンビン時間(PT)や治性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)などの凝固系の検査は正常であるが,血小板数が著増し,後天性von Willebrand症候群を合併するとAPTTが著明に延長する.
2)骨髄所見:
過形成骨髄で赤芽球,顆粒球,巨核球の3系統のいずれも増加している.特に成熟した大型の巨核球数が増加する.好酸球や好塩基球の増加も認められる.これらの所見はいずれも慢性骨髄性白血病や本態性血小板血症などの骨髄増殖性疾患に共通してみられ,本疾患に特異的なものではない.
3)骨髄染色体検査:
正常核型のことが多い.10~20%の症例でdel(20q),+8,+9,del(13q)などの染色体異常がみられるが,いずれも本症に特異的な異常ではない.Ph染色体やbcr/abl融合遺伝子は検出されない.
4)JAK2チロシンキナーゼ遺伝子検査:
ほとんどの症例でJAK2チロシンキナーゼ遺伝子変異を認める.おもにJAK2V617F変異(617番目のバリンフェニルアラニンにアミノ酸置換)が検出され,一部にJAK2遺伝子のエクソン12変異を認める.これらの変異はストレス赤血球増加症や二次性赤血球増加症にみられないことから,赤血球増加症の鑑別診断に有用である.JAK2V617F変異は本態性血小板血症や原発性骨髄線維症の半数例に検出され,疾患特異性はない.
5)好中球アルカリホスファターゼ(NAP)
スコア:
70%の症例で高値を呈し,低値を示す慢性骨髄性白血病との鑑別に重要である.
6)高ヒスタミン血症:
約2/3の症例にみられる.これは増加した好塩基球から放出されることによる.
7)赤芽球コロニー形成:
正常では骨髄あるいは末梢血の細胞をEPOとともに軟寒天培地で培養するとBFU-E(前期赤芽球系前駆細胞あるいは赤芽球バースト形成細胞)やCFU-E(後期赤芽球系前駆細胞)が分化・成熟して赤芽球からなる細胞集団が形成される.これを赤芽球コロニーとよぶ.一方,真性赤血球増加症患者ではEPOがなくても赤芽球コロニーが形成される.このようなコロニーを内因性赤芽球コロニー(endogenous erythroid colony:EEC)とよび,診断的価値が高い.
8)その他:
造血細胞の産生と破壊の亢進を反映して高尿酸血症や高LDH血症がみられる.血小板増加を伴う症例では凝固時に血小板から溶出したカリウムによる偽性高カリウム血症がみられる.
診断・鑑別診断
 WHO分類2008(第4版)の診断基準を表14-9-18に示す.初期には赤血球量が診断基準を満たさないことがあり,定期的に血液検査を行う.軽度の赤血球増加がみられる前多血期(prepolycythaemic phase),明らかな循環赤血球量の増加がみられる顕性多血期(overt polycythaemic phase),血球減少,無効造血,骨髄線維症,髄外造血がみられる多血後骨髄線維症(post-polycythaemic MF phase:post-PV MF)の3期に分類される.
経過・予後・合併症
 無治療の症候性患者での平均生存期間は6~18カ月であるが,治療された患者の平均生存期間は9年以上である.予後に最も影響する合併症は血栓症で,致死的なものは圧倒的に動脈血栓症が多い.高齢になればなるほど血栓症は併発しやすい.心血管系病変(特に動脈血栓症)と悪性腫瘍が死因の2/3を占め,出血は3.1%と少ない.血栓症の原因はヘマトクリット値の上昇による血液粘稠度の亢進,血小板増加,血小板機能異常,動脈硬化などによる.血栓症の危険因子として年齢や血栓症の既往があげられている.全悪性腫瘍のなかでは急性骨髄性白血病が最も多い.15%の患者で診断後平均10年(2,3年から20年)を経て多血後骨髄線維症あるいは消耗期(spent phase)とよばれる状態に移行する.この状態になると広範な骨髄線維化と髄外造血による進行性の脾腫を認め,血液所見上,白赤芽球症(leukoerythroblastosis)(=未熟な顆粒球と有核赤血球の出現)と涙滴状赤血球(dear drop)がみられるようになり,貧血が進行する.有効な治療法はないため,若年者では造血幹細胞移植を考慮する必要がある.脾梗塞はまれではあるが,本症の初発症状としてみられることもある.
治療
 二次性赤血球増加症,ストレス赤血球増加症を鑑別し,除外する必要がある(表14-9-19).しかし鑑別困難な症例に遭遇することがあり,経過を注意深く観察し,総合的に診断して治療方針を決定する(図14-9-17).基本的には瀉血療法,抗腫瘍薬投与が中心で,血小板増加を伴う症例では抗血栓療法も並行して行われる.
1)瀉血:
最も簡単に,かつ速やかに循環赤血球量を減少できる.ヘマトクリット値45%以下を目標にする.
2)化学療法:
年齢が60歳をこえる,あるいは血栓症の既往がある場合が化学療法の絶対的適応になる.抗腫瘍薬であるヒドロキシカルバミド(ヒドロキシウレア)が最も多く用いられる.インターフェロンは白血病原性や催奇形性がないことから,欧米では若年層の患者に推奨されている.胎盤通過性がないので,挙児を希望する婦人や妊婦への使用も可能である.その他,ブスルファンやMCNUが用いられることがある.血小板数の多い症例に対して欧米ではアナグレライドの使用が推奨されている.最近ではJAK2阻害薬が開発され,骨髄線維症に移行した患者の脾腫の改善に効果を認めている.
3)抗血栓療法:
本症や本態性血小板血症【⇨14-11-2)】でみられる血栓症は血小板活性化作用を有するトロンボキサンA2合成の亢進がおもな誘因であるが,少量のアスピリン(100 mg/日)はトロンボキサンA2合成を抑制するので,血小板増加を伴う症例では血栓症の予防に効果的である.特に肢端紅痛症に有効である.ただし血小板数が100万/μLをこえる症例でAPTTの延長がみられる場合には増加した血小板にvon Willebrand因子(VWF)マルチマーが付着するためにVWFが不足し後天性von Willebrand症候群を合併している可能性があり,アスピリンの投与は慎重に行う.動脈硬化の危険因子である脂質異常症,糖尿病,高血圧症,高尿酸血症に対する治療や禁煙することも血栓症の予防に重要である.
4)高尿酸血症:
アロプリノールを用いるが,関節内に析出する尿酸塩結晶が増加し,痛風発作を誘発する可能性があるため,痛風発作時あるいは直後は投与しない.
EPO受容体遺伝子変異による家族性赤血球増加症 【⇨表14-9-20】
 EPO受容体遺伝子変異によって生じた家族性赤血球増加症の症例は1993年フィンランドのde la Chapelleらによってはじめて報告された.それ以来,現在までに数家系の報告がある.ヒトのEPO受容体にはEPOの細胞内シグナル伝達を負に制御する領域が存在するが,EPO受容体の遺伝子異常に伴う家族性赤血球増加症の症例ではこの領域が欠失しているため,EPOに対する感受性が亢進し,赤血球増加をきたすと考えられる.[小松則夫]
■文献

Swerdlow SH, Campo E, et al eds: WHO Classification of Tumours of Haematopoietic and Lymphoid Tissues, IARC Press, Lyon, 2008.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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