玉垣勾頓宮跡(読み)たまがきのまがりのかりみやあと

日本歴史地名大系 「玉垣勾頓宮跡」の解説

玉垣勾頓宮跡
たまがきのまがりのかりみやあと

[現在地名]粉河町井田

井田いだの南、大和街道沿いにあり、聖武天皇が行幸した折の頓宮跡と伝える。「続日本紀」神亀元年(七二四)一〇月五日条に「天皇幸紀伊国」とあり、同七日条に「行至紀伊国那賀郡玉垣勾頓宮」、八月条に「至海部郡玉津島頓宮留」とある。この行幸の従駕の人に送った笠金村の歌に「後れゐて恋ひつつあらずは紀伊国の妹背の山にあらましものを」(「万葉集」巻四)と、伊都いと郡かつらぎ町の妹背いもせ山を詠んでいるところから、往路は大和から紀ノ川沿いに下ったことは明らかである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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