洲崎寺(読み)すざきじ

日本歴史地名大系 「洲崎寺」の解説

洲崎寺
すざきじ

[現在地名]牟礼町牟礼

五剣ごけん山の西方、牟礼浜にある。西に源平古戦場であるだんうら入江があり、対岸に屋島がある。眺海山円通院と号し、高野山真言宗。本尊聖観音。承和九年(八四二)円珍が自作の不動明王を父和気宅成創建の本堂に安置したのに始まると伝える(讃岐国名勝図会)。元暦年中(一一八四―八五)頃までは堂塔伽藍もあったが、一帯が源平合戦の舞台となったため寺は焼失、からくも焼残った本尊と不動明王像を乾元元年(一三〇二)紀州山東さんどう黒岩くろいわ(現和歌山市)に移して再興蘆辺あしべ寺と称したといわれ(新撰讃岐国風土記)、「紀伊続風土記」にも同様のことを記す。なお元暦二年の合戦で戦死した源義経の家臣佐藤継信の遺骸当寺本堂の扉に乗せて葬り、継信の念持仏であった水月観音は当寺に寄進されたと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android