沢町(読み)さわまち

日本歴史地名大系 「沢町」の解説

沢町
さわまち

[現在地名]余市郡余市町沢町・富沢町とみさわちよう梅川町うめかわちよう豊丘町とよおかちよう

近世末期に成立、明治二年(一八六九)八月の国郡画定を経て余市郡内の町として同三三年まで存続した。現余市町の北部に位置し、北東流するヌッチ川の流域にある。一八五六年(安政三年)四月石狩役所余市出張所調役下役の平島庄一郎が近隣の幕吏の協力とヨイチ詰足軽桐ヶ谷太兵衛の道普請設計により街路造成を推進、五七年に石狩場所請負人の村山伝治郎が街区の割譲を行ったという(余市小史)。ただし土地は拝借地とよばれ、市街地はうら町とも称された。五六年・五七年の与市場所永住出稼人別書上(林家文書)では沢町一丁目に三郎治ら三戸、同二丁目に勘左衛門ら一〇戸、同三丁目に松太郎ら七戸、同四丁目に幸助ら一〇戸がみえるが、当時の沢町は現余市港の西方一帯を含む総称であったためハルトロ、ハマナカ、ヌッチ、山道さんどう(現仁木町)なども記載される。

沢町
さわちよう

[現在地名]室蘭市沢町・清水町しみずちよう一―二丁目・海岸町かいがんちよう一―三丁目

明治六年(一八七三)から同三三年六月までの室蘭郡の町。絵鞆えとも半島の中央に位置し、札幌通さつぽろどおり三丁目北詰の橋手前より西に入る通り一帯で、北は西小路にしこうじ町、南は幕西まくにし(明治一四年「新室蘭市街図」昭和一六年室蘭市史など)町名の由来はもともと沢地であったことによる(新室蘭市史)。明治六年一二月に新室蘭の町名区域が決定し、「沢町」は札幌通三丁目の「道幅五間・拾六番屋敷横町」で(「室蘭郡各区並町名之義ニ付伺奉候書付」新室蘭市史)浄土宗満冏まんけい寺や真宗大谷派説教所(明治八年証誠寺と寺号公称)が立地する寺町となっていた。

沢町
さわちよう

大正一一年(一九二二)四月に成立した現在の室蘭市の町名。絵鞆えとも半島の中央部に位置する。もとは室蘭区大字沢町で、大正一一年四月に室蘭区沢町となった(「大字廃止及町名番地改称の件」昭和一六年室蘭市史)。同年八月の市制施行で室蘭市沢町となる。開拓当時から寺町といわれ、住宅地でもある。昭和四一年(一九六六)住居表示が実施され、丁目は設置せず、一部を清水しみず町一丁目・海岸かいがん町二―三丁目に移し、みなと町・いずみ町の一部を編入(第四次住居表示新旧対照表)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報